夫婦間でのモラルハラスメント(モラハラ)に悩む人は年々増加しており、「自分が受けている扱いはモラハラなのか」「専門家はどのように判断するのか」といった疑問を持つ方も多いでしょう。この記事では、モラハラの診断について、専門家の視点とセルフチェック項目を詳しく解説します。
モラハラ診断とは何か
医学的診断名としてのモラハラは存在しない
まず重要な点として、医学的な正式診断名として「モラハラ」という病名は存在しません。モラハラは行動や言動のパターンを指す概念であり、精神疾患の診断基準には含まれていないのです。
しかし、これはモラハラが問題ではないということを意味するわけではありません。モラハラ被害者が心身に受ける影響は深刻で、多くの場合、心療内科や精神科では被害者の症状として「適応障害」「うつ病」「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」などの診断が下されることがあります。
被害者の症状に対する医学的診断
モラハラを受け続けた結果として現れる症状は、医学的に診断可能な状態となることが少なくありません。
適応障害 特定のストレス因子(この場合はモラハラ)により、日常生活に支障をきたす症状が現れる状態です。不安、抑うつ気分、行動面での症状などが特徴的です。
うつ病 持続的な抑うつ気分や興味・関心の低下を主症状とする精神疾患です。モラハラ被害により自尊心が著しく低下し、うつ病を発症するケースが多く見られます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害) 継続的な精神的暴力により、フラッシュバック、悪夢、過度の警戒心などの症状が現れる状態です。
不安障害 常に緊張状態が続き、パニック発作や社交不安などの症状が現れることがあります。
法的・社会的観点からの判断
医学的診断とは別に、弁護士や専門機関では、行為の内容や状況を整理し「モラハラの有無」を判断します。この判断は、離婚調停や裁判における「婚姻を継続し難い重大な事由」の認定や、慰謝料請求の根拠となる重要な要素です。
法的観点からのモラハラ判断では、以下のような要素が考慮されます:
- 行為の継続性と頻度
- 被害者への精神的影響の程度
- 加害者の意図性
- 夫婦関係に与えた影響
- 社会通念上許容される範囲を超えているかどうか
専門家による判断
モラハラかどうかの判断を求める際、複数の専門家に相談することが重要です。それぞれ異なる専門分野からアプローチし、包括的な支援を受けることができます。
医師(心療内科・精神科)による診断
診断の役割 心療内科や精神科の医師は、モラハラそのものを診断するのではなく、モラハラ被害による精神的影響を医学的に診断します。これにより、被害の深刻さを客観的に証明することが可能になります。
診断書の重要性 医師が発行する診断書は、以下の場面で重要な役割を果たします:
- 離婚調停や裁判での証拠資料
- 慰謝料請求の根拠
- 親権判断の材料
- 就業継続困難の証明
- 各種支援制度の利用申請
診断プロセス 医師による診断は通常以下のプロセスで行われます:
- 問診:症状の詳細な聞き取り
- 心理検査:必要に応じて心理テストの実施
- 身体検査:身体症状の確認
- 総合判断:症状と原因の関連性を医学的に評価
受診時のポイント 医師に相談する際は、以下の点を準備しておくことが効果的です:
- いつからどのような症状があるか
- モラハラの具体的な内容と時期
- 症状が日常生活に与えている影響
- これまでの治療歴や服薬状況
弁護士による法的判断
法的観点からの評価 弁護士は、受けている行為が法律上の「婚姻を継続し難い重大な事由」にあたるかを専門的に判断します。この判断は、離婚の成立可能性や慰謝料額の算定に直結する重要な要素です。
弁護士が行う支援内容
証拠収集のアドバイス
- 効果的な記録の取り方
- 録音・録画の法的有効性の判断
- 第三者証言の取得方法
- メールやLINEなどの保存方法
法的手続きのサポート
- 離婚調停の申立て準備
- 慰謝料請求の戦略立案
- 親権・面会交流の取り決め
- 財産分与の交渉
相談時の準備 弁護士相談を効果的に活用するため、以下を準備しましょう:
- 時系列での出来事の整理
- 証拠となる可能性のある資料
- 希望する解決方法
- 経済状況の把握
弁護士選びのポイント モラハラ案件を扱う弁護士を選ぶ際は:
- 家事事件の経験が豊富か
- モラハラ案件の取扱実績があるか
- 被害者の心情に理解があるか
- 費用体系が明確か
相談窓口での支援
DV相談ナビ(0570-0-55210) 内閣府が設置している全国共通の相談窓口で、24時間対応しています。最寄りの相談機関を紹介してもらえるほか、緊急時の安全確保についても相談できます。
男女共同参画センター 各自治体に設置されている相談機関で、専門的な知識を持つ相談員が対応します。心理的サポートから法的情報の提供まで、幅広い支援を受けることができます。
配偶者暴力相談支援センター DVに特化した専門相談機関で、一時保護や自立支援なども行っています。モラハラもDVの一形態として扱われ、包括的な支援を受けることができます。
これらの相談窓口の利用メリット
- 状況の客観的整理ができる
- 第三者からの専門的意見が得られる
- 他の支援機関への橋渡しをしてもらえる
- 匿名での相談が可能
- 費用負担がない
セルフチェック項目
専門家への相談前に、自分の状況を客観視するためのセルフチェックを行うことは重要です。以下の項目について、当てはまるものがないか確認してみましょう。
人格否定に関するチェック項目
□ 「お前はダメな人間だ」「価値がない」などの人格を否定する発言を日常的に受けている
モラハラの最も典型的な特徴の一つが、相手の人格や存在そのものを否定する発言です。これらの発言は、被害者の自尊心を著しく傷つけ、自己価値を見失わせる効果があります。
□ 容姿、能力、性格などを継続的に批判・嘲笑される
外見への侮辱的な発言や、能力不足を指摘する発言、性格の欠点ばかりを指摘する行為は、モラハラの典型例です。
□ 家族や出身地、学歴などを馬鹿にされる
個人だけでなく、その人のルーツや背景を攻撃することで、より深い傷を与えようとする行為です。
社会的孤立に関するチェック項目
□ 友人や家族との交流を制限・監視される
「あの友達とは付き合うな」「実家に帰るな」といった制限や、外出先や会話内容の詳細な確認などが該当します。
□ 携帯電話やSNS、メールなどをチェックされる
プライバシーの侵害を通じて、被害者を監視下に置こうとする行為です。
□ 外出や行動を過度に制限される
「どこに行くのか」「何時に帰るのか」を逐一報告させられたり、外出自体を禁止されたりするケースです。
支配・コントロールに関するチェック項目
□ 無視や沈黙による制裁を受ける
意見の相違や些細なことで、何日間も無視される、口をきいてもらえないという状況です。
□ 家事や育児について過度に完璧を要求される
現実的でない水準の完璧さを要求し、少しでもミスがあると激しく非難する行為です。
□ 重要な決定を一方的に行われる
家計、子どもの教育、住居など、本来夫婦で話し合うべき重要事項を独断で決められてしまうケースです。
経済的な支配に関するチェック項目
□ 生活費を渡されない、または不足分を渡される
経済的な困窮状態を作り出すことで、被害者の自立を妨げる行為です。
□ 収入や支出を過度に管理・監視される
働いて得た収入を取り上げられたり、何に使ったかを詳細に説明させられたりする状況です。
□ 就労を禁止される、または妨害される
経済的自立を阻むため、仕事を辞めるよう強要されたり、職場での評判を落とすような行為をされたりするケースです。
精神的な圧迫に関するチェック項目
□ 自分が悪くないことでも謝罪を強要される
何らかの問題が起きた際、原因や責任の所在に関わらず、常に謝罪を要求される状況です。
□ 感情的な爆発や怒鳴り声で威圧される
大きな声で怒鳴ったり、物を投げたり壊したりして、恐怖心を植え付ける行為です。
□ 「お前のせいで」「お前がいなければ」などの責任転嫁をされる
家庭内の問題や加害者自身の問題を、すべて被害者の責任とする発言です。
子どもを巻き込んだモラハラのチェック項目
□ 子どもの前で配偶者を貶める発言をする
子どもに対して片方の親の悪口を言ったり、尊敬の念を失わせるような発言をしたりする行為です。
□ 子どもを利用して配偶者をコントロールしようとする
「子どものために我慢しろ」「離婚したら子どもに会わせない」などの脅迫的な発言です。
□ 子育てについて過度に介入し、一方的に方針を決める
教育方針や日常的なしつけについて、話し合いなく一方的に決定し、従わない場合は激しく非難する行為です。
チェック結果の解釈
複数項目に該当する場合 上記の項目に複数当てはまる場合、モラハラ被害を受けている可能性が高いと考えられます。特に、継続性や頻度が高い場合は、早急に専門家への相談を検討することをお勧めします。
一つでも深刻な項目に該当する場合 項目数が少なくても、その内容が深刻な場合(経済的な支配、社会的孤立の強要など)は、やはり専門家の判断を仰ぐことが重要です。
該当しないが違和感がある場合 チェック項目には当てはまらなくても、夫婦関係に違和感や息苦しさを感じている場合は、相談窓口での話し合いを通じて状況を整理することが有効です。
診断やチェックの活用方法
セルフチェックや専門家の診断は、単に現状を把握するだけでなく、具体的な問題解決に向けた重要なツールとなります。
医師の診断書の活用
慰謝料請求での活用 医師の診断書は、モラハラによる精神的苦痛を客観的に証明する重要な証拠となります。診断書があることで、慰謝料請求の根拠がより強固になり、適切な金額での合意や判決に結びつく可能性が高まります。
親権判断での活用 子どもがいる夫婦の離婚では、親権者の決定が重要な争点となります。モラハラ被害により精神的な不調を来している事実は、加害者側の親権者としての適格性を疑問視する材料となる可能性があります。
調停・裁判での証拠価値 家庭裁判所での調停や審判において、医師の診断書は客観的で信頼性の高い証拠として扱われます。当事者の主観的な主張だけでなく、医学的な根拠を示すことで、調停委員や裁判官の理解を得やすくなります。
就労への影響の証明 モラハラ被害により仕事に支障が生じている場合、診断書は就労困難の客観的証明となります。これにより、経済的な損害の補償を求める根拠ともなります。
法的手続きでの戦略的活用
チェック項目の整理と弁護士相談 セルフチェックで整理した内容は、弁護士との相談において非常に有効です。感情的になりがちな状況を客観的に整理し、法的な観点から検討すべき点を明確にできます。
証拠収集の方向性決定 チェック項目に該当する行為について、どのような証拠を集めるべきかの方向性が見えてきます。例えば、経済的支配に関する項目に該当する場合は、家計簿や通帳の記録が重要な証拠となります。
調停での主張構成 離婚調停では、具体的な事実に基づいた主張が重要です。チェック項目を参考に整理された事実関係は、説得力のある主張構成の基礎となります。
早期発見・早期対応の重要性
被害の拡大防止 定期的なセルフチェックにより、モラハラの悪化を早期に察知し、より深刻な被害を防ぐことができます。モラハラは時間の経過とともにエスカレートする傾向があるため、早期の対応が重要です。
心理的影響の最小化 早期に専門家の支援を受けることで、うつ病やPTSDなどの深刻な精神的症状の発症を予防、または軽減できる可能性があります。
子どもへの影響の軽減 夫婦間のモラハラは、子どもの精神的発達にも深刻な影響を与えます。早期の対応により、子どもへの悪影響を最小限に抑えることができます。
経済的損失の軽減 長期間のモラハラ被害は、就労能力の低下や医療費の増加など、経済的な損失も拡大させます。早期対応により、これらの損失を抑制できます。
支援制度の活用
各種相談窓口の利用 チェック結果や診断を基に、適切な相談窓口を選択し、効果的な支援を受けることができます。状況に応じて、複数の窓口を併用することも重要です。
法的扶助制度の利用 経済的に困窮している場合は、法テラスなどの法的扶助制度を利用して、弁護士費用の援助を受けることができます。
一時保護制度の活用 身の危険を感じる場合は、配偶者暴力相談支援センターなどを通じて一時保護を受けることも可能です。
記録の重要性と方法
モラハラの証明において、日常的な記録は極めて重要な役割を果たします。
記録すべき内容
日時と場所 いつ、どこで起きたことかを正確に記録します。継続性や頻度を示す重要な情報となります。
具体的な言動 可能な限り正確に、実際の発言や行動を記録します。感情的な解釈ではなく、客観的な事実を記載することが重要です。
その時の自分の状況 言動を受けた時の自分の反応や感情、身体的な症状などを記録します。
第三者の存在 その場に他の人がいた場合は、証人として記録しておきます。
効果的な記録方法
デジタル記録の活用 スマートフォンのメモ機能やクラウドサービスを活用し、改ざんが困難で日時が自動記録される形での記録を心がけます。
音声・映像記録 法的に問題のない範囲で、実際の音声や映像を記録できれば強力な証拠となります。ただし、プライバシー権との兼ね合いもあるため、事前に弁護士に相談することが重要です。
医療機関受診記録 モラハラ被害により心療内科や精神科を受診した場合は、診療記録も重要な証拠となります。
メール・LINEの保存 デジタルコミュニケーションでのモラハラ的な内容は、スクリーンショットで保存し、削除されないよう注意深く管理します。
専門家選びのポイント
適切な専門家を選ぶことは、効果的な支援を受けるために極めて重要です。
医療機関の選び方
専門性の確認 心療内科や精神科の中でも、DVやモラハラ被害者の治療経験が豊富な医師を選ぶことが重要です。
診断書作成の経験 法的手続きで使用する診断書の作成経験がある医師かどうかを確認します。
継続的な治療体制 一回限りの診察ではなく、継続的な治療とサポートが受けられる体制があるかを確認します。
弁護士の選び方
家事事件の専門性 離婚や家庭内暴力を専門に扱う弁護士を選びます。一般的な民事事件とは異なる専門知識が必要です。
コミュニケーション能力 モラハラ被害者の心理状態を理解し、適切なコミュニケーションが取れる弁護士を選ぶことが重要です。
費用の透明性 着手金、成功報酬、日当などの費用体系が明確で、経済状況に配慮してくれる弁護士を選びます。
アクセスの良さ 定期的な相談が必要になるため、通いやすい立地にあることも重要な要素です。
まとめ
モラハラそのものは医学的な診断名ではありませんが、専門家の判断やチェックリストを活用することで被害の可視化が可能です。医師の診断書や弁護士の意見は、離婚や慰謝料請求において大きな支えとなります。
重要なポイントを整理すると:
- 医学的診断:モラハラ自体の診断はありませんが、被害による症状(適応障害、うつ病等)は診断可能です
- 法的判断:弁護士による専門的な判断により、法的な対応の可能性を明確にできます
- セルフチェック:定期的な自己評価により、早期発見・早期対応が可能になります
- 記録の重要性:日常的な記録は、客観的な証拠として極めて重要な役割を果たします
- 専門家選び:適切な専門家を選ぶことで、より効果的な支援を受けることができます
- 早期対応:被害が深刻化する前の早期対応により、心身への影響を最小限に抑えることができます
モラハラ被害に悩んでいる方は、一人で抱え込まず、適切な専門家の支援を積極的に求めることが重要です。あなたの感じている違和感や苦痛は、決して些細なことではありません。専門家の診断や判断を通じて、問題を客観視し、適切な解決策を見つけることができるはずです。

佐々木 裕介(弁護士・行政書士)
「失敗しない子連れ離婚」をテーマに各種メディア、SNS等で発信している現役弁護士。離婚の相談件数は年間200件超。協議離婚や調停離婚、養育費回収など、離婚に関する総合的な法律サービスを提供するチャイルドサポート法律事務所・行政書士事務所を運営。