はじめに|DV保護命令とは
配偶者や事実婚のパートナーからの暴力に悩み、「この恐怖から逃れたい」「安全を確保したい」と考えている方にとって、DV保護命令は法的に身を守るための重要な制度です。
DV保護命令とは、配偶者暴力防止法(DV防止法)に基づき、裁判所が配偶者や元配偶者による暴力や脅迫から被害者を保護するために発令する命令のことです。この命令には法的強制力があり、違反した加害者には刑事罰が科せられます。
DV保護命令の基本的な仕組み
DV保護命令は、身体的暴力だけでなく、生命や身体に重大な危害を加えるおそれがある脅迫についても対象となります。たとえば、「殺してやる」「刃物で刺してやる」といった具体的な脅迫や、実際に凶器を見せつけるような行為も含まれます。
重要なのは、過去に暴力や脅迫があっただけでなく、「今後も暴力を受ける危険性がある」と裁判所が認定することです。単発的な暴力ではなく、継続的な危険性があることを示す必要があります。
対象となる関係性
DV保護命令の対象となるのは以下の関係にある者からの暴力や脅迫です:
- 配偶者(法律婚)
- 元配偶者(離婚後も対象)
- 事実婚の相手(内縁関係)
- 元事実婚の相手(関係解消後も対象)
同性カップルについては、現在の法制度では事実婚と同様の保護を受けるのが困難な場合がありますが、個別の事情によって判断される可能性があります。また、交際相手(恋人関係)については、原則として DV防止法の対象外ですが、ストーカー規制法による保護命令の対象となる場合があります。
保護命令の種類と効果
DV保護命令には複数の種類があり、被害者の状況に応じて単独または組み合わせて申し立てることができます。それぞれに具体的な効果と制約があるため、自分の状況に最も適した命令を選択することが重要です。
1. 接近禁止命令
接近禁止命令は、DV保護命令の中でも最も基本的で重要な命令です。
効果の内容
- 加害者が申立人(被害者)の身辺につきまとったり、申立人の住居、勤務先その他申立人が通常所在する場所の付近をはいかいすることを禁止
- 有効期間は6か月間
- 申立人への面会要求や電話・メール等も一般的に禁止される
具体的な保護範囲 接近禁止命令が発令されると、加害者は申立人に対して以下の行為が禁止されます:
- 申立人の住居周辺での徘徊・待ち伏せ
- 申立人の職場周辺での徘徊・待ち伏せ
- 申立人がよく利用する店舗、駅、学校等への出没
- 申立人への直接的な接触・面会要求
- 申立人の帰宅を待ち伏せる行為
違反した場合は2年以下の懲役または200万円以下の罰金が科せられます。
2. 退去命令
退去命令は、加害者と被害者が同居している場合に特に重要な命令です。
効果の内容
- 加害者を申立人と共に住む住居から2か月間退去させる
- 申立人が住居に近づくことも禁止される(接近禁止と同様の効果)
- 住居の所有名義に関係なく命令が出される
適用される住居の範囲 退去命令の対象となる住居には以下が含まれます:
- 夫婦で購入・賃借している住宅
- どちらか一方の名義の住宅(配偶者の名義でも命令可能)
- 実家・親族宅(夫婦で同居している場合)
- 社宅・官舎等の職場提供住宅
ただし、申立人が既に別居している場合は、退去命令の必要性が認められにくくなります。
2か月の期間制限について 退去命令は2か月という比較的短い期間です。この間に申立人は以下の準備を進める必要があります:
- より安全な住居の確保
- 生活再建のための手続き
- 必要に応じて離婚調停の申立て
- 経済的基盤の確保
3. 電話等禁止命令
現代社会では、携帯電話やインターネットを通じた嫌がらせが深刻な問題となっています。電話等禁止命令は、こうした通信手段による嫌がらせを防ぐための命令です。
禁止される通信手段
- 電話(固定電話・携帯電話・IP電話等すべて)
- ファクシミリ
- 電子メール
- SNS(Twitter、Instagram、Facebook等)
- メッセージアプリ(LINE、WhatsApp等)
- 手紙・はがき等の郵便物
- 宅配便による物品送付
実効性を高めるための措置 電話等禁止命令の実効性を高めるため、被害者側でも以下の対策を講じることが推奨されます:
- 電話番号の変更
- メールアドレスの変更
- SNSアカウントのブロック機能活用
- 着信拒否設定の活用
- 通信記録の保存(違反の証拠として)
4. 親族等への接近禁止命令
加害者が直接被害者にアプローチできない場合、被害者の親族や関係者を通じて嫌がらせを行うケースがあります。親族等への接近禁止命令は、こうした間接的な嫌がらせを防ぐための命令です。
保護対象となる者
- 申立人の親族(両親、兄弟姉妹、子ども等)
- 申立人の支援者(友人、知人、相談員等)
- 申立人の雇用主・同僚
- その他申立人と社会生活上密接な関係にある者
申立てに必要な要件 この命令を申し立てるには、以下の要件を満たす必要があります:
- 加害者が当該親族等に害を加えるおそれがあること
- 当該親族等への害が申立人の身体安全に影響を与えるおそれがあること
- 当該親族等の同意があること(15歳未満の場合は法定代理人の同意)
5. 子への接近禁止命令
申立人と同居していない子どもがいる場合、加害者がその子どもを通じて申立人に危害を加えようとするおそれがある場合に発令される命令です。
対象となる子ども
- 申立人と加害者の間の子ども(実子・養子)
- 申立人の連れ子で加害者と養子縁組をしている子ども
- その他申立人が現に監護している子ども
特別な考慮事項 子への接近禁止命令については、子どもの福祉と安全を最優先に考える必要があります。特に以下の点が重要です:
- 子どもの年齢と意思(一定年齢以上の場合は子ども自身の意見も考慮)
- 面会交流権との調整
- 子どもの生活環境への影響
- 学校等関係機関との連携
保護命令申立ての条件
DV保護命令を申し立てるためには、法律で定められた一定の条件を満たす必要があります。これらの条件を正しく理解し、適切な証拠を準備することが申立ての成功につながります。
基本的な申立て要件
1. 被害者と加害者の関係 まず、被害者(申立人)と加害者(相手方)が以下のいずれかの関係にあることが必要です:
- 配偶者(法律上の夫婦)
- 元配偶者(離婚した元夫婦)
- 事実婚の相手(内縁関係)
- 元事実婚の相手(内縁関係を解消した相手)
2. 暴力または脅迫の存在 過去に以下のいずれかの行為があったことが必要です:
- 身体的暴力(殴る、蹴る、物を投げつける等)
- 生命・身体に重大な危害を加える脅迫(「殺す」「刺す」等の具体的脅迫)
3. 将来の危険性 単に過去に暴力があっただけでは不十分で、「今後も暴力を受ける危険がある」と認められることが必要です。
証拠の重要性と種類
DV保護命令の申立てにおいて、証拠は極めて重要です。裁判所は提出された証拠に基づいて判断するため、被害状況を客観的に示す資料を可能な限り多く準備することが重要です。
医療関係の証拠
- 診断書(外傷の状況、治療期間等が記載されたもの)
- 診療記録(継続的な治療の記録)
- レントゲン写真等の画像資料
- カルテのコピー(医師の所見が記載されているもの)
診断書を取得する際は、以下の点に注意してください:
- 受傷の原因について正確に医師に伝える
- 「配偶者から暴力を受けた」という事実を明記してもらう
- 可能であれば、暴力の日時、場所、具体的状況も記載してもらう
視覚的証拠
- 怪我の写真(撮影日時が分かるもの)
- 壊れた物品の写真
- 現場の写真
- 防犯カメラの映像(可能な場合)
写真を撮影する際の注意点:
- 日付・時刻が写るカメラ設定にする
- 複数の角度から撮影する
- 怪我の全体像と詳細の両方を撮影する
- 比較対象(定規等)を一緒に撮影すると傷の大きさが分かりやすい
音声・通信記録
- 暴言や脅迫の録音
- 電話の通話記録
- メール、LINE等のメッセージ
- SNSの投稿やメッセージ
録音・記録の際の留意点:
- 日時が明確に分かるようにする
- 音声は可能な限り鮮明に録音する
- 通信記録は画面全体のスクリーンショットを撮る
- 削除される前に複数の場所にバックアップを取る
第三者による証言
- 目撃者の陳述書
- 相談記録(警察、行政機関、民間団体等)
- 近隣住民の証言
- 職場関係者の証言
書面による証拠
- 加害者が書いた謝罪の手紙
- 暴力について言及した日記
- 家計簿(医療費の記録)
- 被害者が書いた被害記録
申立てのタイミング
DV保護命令の申立てには法律上の時効はありませんが、効果的なタイミングで申し立てることが重要です。
申立てに適したタイミング
- 暴力がエスカレートしている時期
- 離婚を決意した時
- 別居を開始する前後
- 加害者から「殺す」等の具体的脅迫を受けた時
- 子どもにも危険が及んでいる時
証拠保全の観点から
- 怪我をした直後(医師の診断を受けるため)
- 脅迫を受けた直後(記憶が鮮明なうち)
- 目撃者がいる状況の直後
申立てが困難なケース
以下のようなケースでは申立てが困難な場合がありますが、専門家と相談することで解決策が見つかる場合があります:
証拠が少ない場合
- 精神的DVが中心で身体的証拠が少ない
- 証拠隠滅を図られた場合
- 目撃者がいない密室での暴力
加害者の所在が不明な場合
- 住所が分からない
- 勤務先が不明
- 連絡先が一切不明
経済的困難がある場合
- 申立て費用の準備が困難
- 弁護士費用が用意できない
- 仕事を休んで手続きすることが困難
これらの困難があっても、法テラスの民事法律扶助制度や、自治体の相談窓口、民間支援団体の支援を受けることで申立てが可能になる場合があります。
申立て方法と流れ
DV保護命令の申立ては、一定の手続きに従って行う必要があります。手続きの流れを正確に理解し、必要な書類を適切に準備することが、迅速で確実な保護命令の発令につながります。
申立て先の裁判所
DV保護命令の申立ては、家庭裁判所ではなく地方裁判所の家事部に行います。管轄は以下のいずれかの地方裁判所です:
管轄裁判所の選択肢
- 申立人の住所地を管轄する地方裁判所
- 相手方(加害者)の住所地を管轄する地方裁判所
- 暴力が行われた場所を管轄する地方裁判所
実際の選択では、以下の要素を考慮します:
- 申立人の安全性(加害者に居住地を知られるリスク)
- 交通の便
- 証人や関係者の都合
- 弁護士のアクセス
申立書の作成
申立書は保護命令申立ての中核となる重要な書面です。正確で詳細な記載が求められます。
申立書の入手方法
- 各地方裁判所の窓口
- 裁判所ウェブサイトからダウンロード
- 弁護士事務所
- 法テラス等の相談機関
申立書の記載事項 申立書には以下の事項を詳細に記載する必要があります:
1. 当事者の表示
- 申立人(被害者)の氏名、住所、生年月日、職業
- 相手方(加害者)の氏名、住所、生年月日、職業
- 両者の関係(配偶者、元配偶者等)
- 婚姻年月日、離婚年月日等
2. 申し立てる保護命令の種類
- 接近禁止命令
- 退去命令
- 電話等禁止命令
- 親族等への接近禁止命令
- 子への接近禁止命令
3. 暴力等の事実 これが申立書の最も重要な部分です。以下の要素を含めて詳細に記載します:
- 暴力・脅迫の具体的内容
- 発生日時・場所
- 被害の状況(怪我の程度等)
- 継続期間・頻度
- エスカレートの状況
- 目撃者の有無
記載例: 「令和○年○月○日午後10時頃、自宅居間において、相手方は申立人に対し『殺してやる』と怒鳴りながら、申立人の顔面を手拳で5回程度殴打し、申立人は左頬部打撲の傷害を負った。この際、長男○○(当時5歳)が一部始終を目撃していた。」
4. 今後の危険性 なぜ今後も暴力を受ける危険があるのかを具体的に説明します:
- 暴力の継続性・反復性
- エスカレートの傾向
- 最近の脅迫や威嚇行為
- 加害者の性格・行動パターン
- 別居・離婚に対する反応
5. 保護の必要性 なぜその保護命令が必要なのかを具体的に説明します:
- 現在の危険な状況
- 予想される被害
- 他の手段では保護が困難な理由
必要書類の準備
申立書とともに提出が必要な書類は以下の通りです:
必須書類
- 戸籍謄本(申立人と相手方の関係を証明)
- 住民票(現在の住所を証明)
- 証拠書類(前述の各種証拠)
- 申立書副本(相手方送達用)
状況に応じて必要な書類
- 親族等への接近禁止命令を求める場合:当該親族等の同意書
- 子への接近禁止命令を求める場合:子どもの戸籍謄本
- 外国人の場合:在留カード等の写し
- 代理人による申立ての場合:委任状
申立て費用
DV保護命令の申立てに必要な費用は以下の通りです:
収入印紙
- 1,000円(申立て1件につき)
郵便切手代 各裁判所によって金額が異なりますが、概ね1,000円〜2,000円程度です。内訳例:
- 500円切手 × 2枚
- 100円切手 × 5枚
- 84円切手 × 5枚
- その他小額切手
その他の費用
- 戸籍謄本取得費用:450円
- 住民票取得費用:300円
- 証明写真代(必要に応じて)
- 交通費(裁判所への往復)
経済的困難がある場合は、法テラスの民事法律扶助制度を利用できる場合があります。
申立て後の手続きの流れ
1. 申立書の受理(即日〜数日)
- 裁判所が申立書を受理
- 事件番号の付与
- 担当裁判官の決定
2. 相手方への送達(1〜2週間)
- 申立書副本が相手方に送達
- 相手方が期限内に反論書を提出する機会の提供
- 送達先不明の場合の対応
3. 審尋期日の指定(2〜4週間後)
- 裁判官が申立人・相手方から事情聴取を行う日程調整
- 必要に応じて証人の出頭要請
- 緊急性が高い場合は迅速な日程調整
緊急時の対応
生命に危険が迫っているような緊急事態の場合、以下の措置が可能です:
緊急保護命令
- 相手方の審尋を経ずに暫定的に保護命令を発令
- 申立てと同時に緊急性を主張
- 後日正式な審尋を実施
一時保護の要請
- 婦人相談所等への一時保護依頼
- 警察への相談・通報
- シェルター等への避難
緊急時は、まず身の安全を確保することが最優先です。必要書類が完璧に揃っていなくても、まず相談・申立てを行うことが重要です。
審尋(しんじん)手続き
審尋は、DV保護命令の申立てにおいて最も重要な手続きの一つです。裁判官が申立人と相手方の双方から直接事情を聴取し、保護命令を発令するかどうかを判断する場となります。
審尋の基本的な仕組み
審尋の目的 審尋の主な目的は以下の通りです:
- 申立書に記載された事実の確認
- 相手方の反論の聴取
- 証拠の信用性の判断
- 保護の必要性・緊急性の評価
- 命令の内容・期間の決定
審尋の方式
- 原則として申立人と相手方を同席させて実施
- 必要に応じて別々に実施(安全性の配慮)
- 代理人(弁護士)の同席可能
- 非公開で実施(秘密保持)
審尋前の準備
審尋を効果的に進めるため、事前の準備が重要です。
陳述内容の整理
- 暴力・脅迫の具体的状況の整理
- 時系列での被害状況の把握
- 今後の危険性に関する説明の準備
- 質問に対する想定回答の検討
証拠の整理
- 提出済み証拠の内容確認
- 追加証拠がある場合の準備
- 証拠の説明方法の検討
精神的準備
- 相手方と同席することの心理的準備
- 冷静に事実を説明するための練習
- 支援者との事前相談
審尋当日の流れ
1. 出頭と本人確認
- 指定された時間に裁判所に出頭
- 身分証明書の提示
- 代理人同席の場合は委任状の確認
2. 裁判官による説明
- 審尋の趣旨・流れの説明
- 虚偽陳述の禁止について
- 質問に対する注意事項
3. 申立人からの陳述 通常、申立人から先に事情を聴取します:
主な質問内容
- 相手方との関係について
- 暴力・脅迫の具体的状況
- 被害の状況と治療の経過
- 今後の危険性について
- 求める保護命令の内容と理由
効果的な陳述のポイント
- 事実を正確に、時系列で説明
- 感情的にならず冷静に対応
- 具体的な日時・場所・状況を明確に
- 証拠と関連付けて説明
- 質問には簡潔に回答
4. 相手方からの陳述 相手方に対しても事情聴取が行われます:
- 申立人の主張に対する反論
- 暴力・脅迫の有無について
- 今後の行動予定について
- 保護命令に対する意見
5. 双方への確認
- 不明な点の確認
- 追加説明の機会
- 証拠に関する質問
- 最終的な意見陳述
審尋での注意点
申立人側の注意事項
安全面の配慮
- 相手方との物理的距離の確保要請
- 退廷時の安全確保の相談
- 住所等の秘匿措置の申出
陳述時の注意
- 事実と意見・推測を区別して説明
- 誇張や虚偽は絶対に避ける
- 記憶があいまいな点は素直に認める
- 感情的な発言は控え、冷静に対応
証拠の活用
- 証拠を効果的に説明
- 写真等の視覚的証拠の適切な提示
- 医師の診断書等専門的証拠の説明
相手方の反論への対応 相手方が事実を否認したり、虚偽の反論をする場合があります:
よくある相手方の反論
- 「暴力は振るっていない」
- 「正当防衛だった」
- 「申立人が先に手を出した」
- 「申立人が浮気をしていた」
- 「申立人の被害妄想だ」
反論への対応方法
- 冷静に事実を再説明
- 証拠に基づいた反証
- 第三者の証言の活用
- 感情的な言い争いは避ける
審尋の結果と決定
即日決定の場合
- 審尋終了後、その日のうちに決定
- 緊急性が高い場合や事実関係が明確な場合
- 決定書の交付
後日決定の場合
- 証拠の検討に時間が必要な場合
- 追加調査が必要な場合
- 通常1週間〜1か月程度で決定
決定の内容
- 保護命令の認容(全部または一部)
- 保護命令の却下
- 命令の内容・期間の詳細
審尋に出頭しない場合の取扱い
申立人が出頭しない場合
- 申立ての取下げとみなされる可能性
- 正当な理由がある場合は期日変更可能
- 代理人による出頭で足りる場合もあり
相手方が出頭しない場合
- 申立人の陳述のみで審理継続
- 相手方の書面による反論がある場合はそれを考慮
- 相手方の反論機会は保障されたものとして扱い
審尋は、DV保護命令の成否を決める重要な手続きです。適切な準備と冷静な対応により、被害者の安全確保という目的を達成することができます。
決定・効力発生と違反時の罰則
DV保護命令の決定が出された場合、その効力は直ちに発生し、違反した場合には刑事罰が科せられます。被害者にとって、この法的強制力が実際の安全確保につながる重要な要素となります。
保護命令の決定
決定書の内容 保護命令が認められた場合、裁判所から決定書が交付されます。決定書には以下の事項が明記されます:
決定書の記載事項
- 命令の種類と具体的内容
- 命令の有効期間
- 命令の効力発生日
- 違反した場合の罰則
- 不服申立て(即時抗告)の方法と期限
決定の効力発生時期 DV保護命令の効力は、相手方(加害者)に決定書が送達された時点で発生します。これは、加害者が命令の内容を知らない状態で処罰されることを防ぐためです。
- 送達完了と同時に効力発生
- 申立人への決定書交付は効力発生要件ではない
- 緊急保護命令の場合は発令と同時に効力発生する場合もあり
決定書の送達方法 裁判所は以下の方法で決定書を送達します:
- 通常送達:住所地への郵送
- 書留郵便による送達:確実な受領確認のため
- 公示送達:住所不明の場合の最終手段
- 就業場所等への送達:住所での送達が困難な場合
効力発生後の実務対応
申立人(被害者)が行うべき対応
1. 関係機関への通知 保護命令の効力発生後、被害者は以下の機関に決定書のコピーを提供し、協力を求めることが重要です:
- 最寄りの警察署(生活安全課等)
- 勤務先の人事・総務担当者
- 子どもの通学先(学校・保育園等)
- よく利用する店舗・施設
- マンション管理会社・大家
2. 証拠保全の準備 万一の違反に備えて証拠収集の準備をします:
- 録音機器の準備
- 防犯カメラの設置検討
- 目撃者への協力依頼
- 通話記録・メール等の保存
3. 安全対策の強化
- 行動パターンの変更
- 外出時の注意事項
- 緊急時の連絡先確認
- 避難場所の確保
違反時の刑事罰
DV保護命令に違反した場合、以下の刑事罰が科せられます。
法定刑
- 2年以下の懲役または200万円以下の罰金
- 刑事処分であり、前科となる
- 略式手続きではなく正式裁判で審理される場合が多い
処罰の対象となる行為
1. 接近禁止命令違反
- 申立人の住居付近への立ち入り
- 申立人の職場付近での待ち伏せ
- 申立人への面会要求・接触
- 申立人への付きまとい行為
2. 退去命令違反
- 命令で指定された住居への立ち入り
- 住居付近での徘徊
- 住居内の物品持ち出し
3. 電話等禁止命令違反
- 電話・メール・SNS等での連絡
- 手紙・荷物等の送付
- 第三者を介した間接的連絡
4. 親族等接近禁止命令違反
- 指定された親族等への接触・面会
- 親族等の住居・職場付近での徘徊
- 親族等への電話・メール等
違反時の対応手順
違反行為を発見した場合、被害者は以下の手順で対応します。
1. 即座の安全確保
- その場からの避難
- 安全な場所への移動
- 必要に応じて110番通報
2. 証拠の収集・保全
- 違反行為の録音・撮影
- 目撃者の確保
- 時刻・場所の記録
- 物的証拠の保全
3. 警察への通報
- 最寄りの警察署に通報
- 保護命令決定書の提示
- 違反行為の詳細説明
- 被害届の提出検討
4. 関係者への連絡
- 弁護士への相談
- 支援団体への報告
- 家族・知人への情報共有
警察の対応
初動対応
- 通報受理後の迅速な対応
- 現場確認・事情聴取
- 加害者の身柄確保(必要に応じて)
- 被害者の安全確保
捜査手続き
- 事件の立件検討
- 証拠の収集・分析
- 加害者の取調べ
- 検察庁への送致
継続的保護
- パトロールの強化
- 緊急通報への迅速対応
- 関係機関との連携
- 被害者への情報提供
検察・裁判所の対応
検察庁での処理
- 送致事件の検討
- 起訴・不起訴の判断
- 略式命令の検討
- 正式裁判の決定
裁判での処罰 DV保護命令違反事件では、以下の要素が量刑に影響します:
重い処罰を受ける要因
- 違反の常習性
- 暴力的な違反態様
- 被害者への危険度
- 反省の態度の欠如
軽い処罰となり得る要因
- 初回の違反
- 軽微な違反内容
- 深い反省の態度
- 今後の再犯防止策
実効性確保のための工夫
技術的対策
- GPS機能を活用した位置確認
- 防犯カメラの設置
- スマートフォンアプリの活用
- 緊急通報システムの整備
社会的監視
- 地域住民への協力要請
- 職場での情報共有
- 学校等関係機関の連携
- 民間警備会社の活用
継続的支援
- カウンセリング等の精神的支援
- 経済的自立への支援
- 住居確保の支援
- 就業支援
DV保護命令の実効性は、法的な強制力だけでなく、関係機関の連携と被害者自身の適切な対応によって確保されます。違反があった場合は迅速かつ適切に対応することで、被害の拡大を防ぐことができます。
期間と更新
DV保護命令には有効期間が定められており、必要に応じて更新(再度の申立て)を行うことができます。期間や更新の仕組みを正しく理解することで、継続的な安全確保が可能となります。
各保護命令の有効期間
接近禁止命令:6か月間
- 最も基本的で重要な命令
- 比較的長期間の保護が可能
- この期間中に根本的な解決策を検討
退去命令:2か月間
- 最も期間が短い命令
- 緊急避難的な性格が強い
- この間に恒久的な住居確保が必要
電話等禁止命令:6か月間
- 接近禁止命令と同じ期間
- 通信手段による嫌がらせの防止
- デジタル機器の進歩に対応した保護
親族等への接近禁止命令:6か月間
- 親族等の安全も同時に保護
- 間接的な嫌がらせの防止
- 関係者全体の安全確保
子への接近禁止命令:6か月間
- 子どもの安全と福祉を重視
- 面会交流との調整が重要
- 子どもの成長に応じた配慮
期間計算の方法
起算日 保護命令の期間は、相手方(加害者)に決定書が送達された日から起算されます。
- 送達日=効力発生日=期間起算日
- 申立人への決定書交付日ではない
- 土日祝日も含めて計算
満了日の計算
- 6か月の場合:起算日から6か月後の応当日の前日まで
- 2か月の場合:起算日から2か月後の応当日の前日まで
計算例
- 送達日が4月15日の場合
- 6か月命令:10月14日まで有効
- 2か月命令:6月14日まで有効
更新(再度申立て)の仕組み
DV保護命令は、期間満了後も必要に応じて更新することができます。ただし、初回申立てと同様の要件を満たす必要があります。
更新申立ての要件
- 引き続き暴力を受ける危険があること
- 新たな事情や継続的な危険性を示す証拠があること
- 保護命令による保護が引き続き必要であること
更新と初回申立ての違い
- 基本的な要件は同じ
- 過去の保護命令の効果・状況も考慮される
- 相手方の命令遵守状況が判断材料となる
- 違反行為があった場合は更新が認められやすい
更新申立てのタイミング
適切な申立て時期
- 期間満了の1〜2か月前
- 証拠収集に十分な時間を確保
- 空白期間を作らないための配慮
緊急更新の場合
- 期間満了直前に新たな脅迫等があった場合
- 相手方の行動に変化が見られた場合
- 迅速な手続きが必要
更新申立てに必要な証拠
継続的危険性を示す証拠
1. 保護命令期間中の相手方の行動
- 違反行為の有無とその内容
- 間接的な嫌がらせや監視行為
- 第三者を通じた接触試行
- SNS等での監視や投稿
2. 現在の状況
- 申立人の生活状況の変化
- 相手方の生活環境の変化
- 離婚手続き等の進行状況
- 子どもの状況
3. 将来の危険性
- 相手方の言動から推測される危険
- 過去のパターンからの予測
- 環境変化による危険の増大
- 専門家の意見
効果的な証拠の例
- 保護命令違反の記録
- 警察への相談記録
- 第三者による目撃証言
- 相手方の問題行動の記録
- カウンセラー等専門家の意見書
更新が困難なケース
更新が認められにくい場合
- 相手方が保護命令を完全に遵守している
- 長期間にわたって接触がない
- 相手方が転居・転職等で物理的距離が確保された
- 離婚が成立し関係が完全に終了した
困難なケースでの対応
- より詳細な危険性の立証
- 潜在的危険の具体的説明
- 専門家意見の活用
- 他の法的手段との組み合わせ
期間中の生活再建
保護命令の期間中は、単に身の安全を確保するだけでなく、根本的な問題解決に向けた取り組みが重要です。
6か月の有効活用(接近禁止命令等)
法的手続きの推進
- 離婚調停・訴訟の申立て
- 親権・面会交流の協議
- 財産分与・慰謝料の請求
- 婚姻費用の申立て
生活基盤の確保
- 安全な住居の確保
- 就職活動・転職準備
- 子どもの転校手続き
- 経済的自立の準備
精神的回復
- カウンセリングの継続
- 支援グループへの参加
- 医療的ケアの継続
- 社会復帰への準備
2か月の集中対応(退去命令)
退去命令は期間が短いため、集中的な対応が必要です:
住居の確保
- 賃貸住宅の確保
- 公営住宅への申込み
- 親族宅等への避難
- シェルター等の継続利用
生活用品の確保
- 必要最小限の家財道具
- 子どもの学用品等
- 職場で必要な物品
- 当面の生活費
手続きの完了
- 住民票の移転
- 各種届出の変更
- 子どもの転校手続き
- ライフライン等の契約
期間満了後の対応
更新しない場合
- 十分な安全が確保された場合
- 他の法的保護が得られた場合
- 根本的問題が解決した場合
継続的注意 保護命令が終了しても、以下の点に注意が必要です:
- 相手方の動向への注意
- 緊急時の対応準備
- 関係機関との連絡維持
- 必要に応じた再申立ての準備
DV保護命令の期間と更新の仕組みを適切に活用することで、一時的な安全確保から根本的な問題解決まで、段階的なアプローチが可能となります。
申立て時の注意点
DV保護命令の申立てを成功させ、真に効果的な保護を得るためには、様々な注意点があります。これらのポイントを理解し、適切に対応することで、申立ての成功率を高め、実際の安全確保につなげることができます。
住所秘匿と安全確保
申立人の住所秘匿 DV保護命令の申立てにおいて、申立人の現在の住所を加害者に知られることは極めて危険です。裁判所も この問題を理解しており、以下の措置が可能です。
住所秘匿の申出
- 申立書に現住所を記載せず「住所秘匿希望」と記載
- 連絡先として支援団体や弁護士事務所の住所を使用
- 裁判所からの連絡方法について事前協議
代替連絡方法
- 携帯電話による連絡
- 電子メールでの連絡
- 支援機関を通じた連絡
- 弁護士を通じた連絡
安全な場所での手続き
- 支援団体等での申立書作成
- 裁判所での手続き時の同伴支援
- 帰宅時の安全確保
加害者住所不明時の対応
加害者の現在の住所が分からない場合でも、DV保護命令の申立ては可能です。ただし、決定書の送達方法について特別な配慮が必要となります。
住所調査の方法
- 住民票の取得(DV等支援措置対象者の場合は制限あり)
- 戸籍の附票による調査
- 勤務先の把握
- 関係者からの情報収集
送達方法の工夫 裁判所は以下の方法で送達を試みます:
1. 就業場所送達
- 勤務先が判明している場合
- 勤務先への直接送達
- 就業時間に合わせた送達
2. 公示送達
- 住所・勤務先ともに不明の場合
- 裁判所の掲示板に掲示
- 官報への掲載
- 一定期間経過後に送達完了とみなし
3. 付郵便送達
- 住所は分かるが不在等で受け取らない場合
- 郵便で送達し、一定期間経過後に送達完了とみなし
証拠収集時の安全配慮
証拠を収集する際も、安全面での配慮が重要です。証拠収集のために危険を冒すことは避けなければなりません。
安全な証拠収集方法
1. 医療記録の確保
- 怪我をした際は必ず医師の診断を受ける
- 診断書取得時にDVの事実を医師に伝える
- 複数の医療機関での記録があるとより効果的
2. 写真・映像の撮影
- 怪我の写真は第三者に撮影を依頼
- 隠し撮りは安全が確保された状況でのみ
- スマートフォンの位置情報機能を活用
3. 音声録音
- 録音機器は事前に準備し、操作を確認
- 会話の日時・場所を後で特定できるよう工夫
- 録音の事実を相手に気づかれないよう注意
危険な証拠収集は避ける
- 相手の持ち物を無断で調べる
- 相手を故意に刺激して暴力を誘発する
- 第三者を危険にさらすような証拠収集
子どもに関する特別な配慮
子どもがいる家庭でのDV保護命令申立てには、特別な配慮が必要です。
子どもの安全確保
- 子どもも同時に危険にさらされている可能性
- 学校・保育園等への事前連絡
- 子どもの心理的ケアの準備
面会交流との関係 DV保護命令と面会交流は別の法的問題ですが、実際には密接に関連します:
面会交流の制限・停止
- 子どもへの接近禁止命令の申立て
- 家庭裁判所での面会交流調停
- 子どもの安全を最優先とした判断
学校等関係機関との連携
- 保護命令の内容を学校に説明
- 引き渡し時の安全確保
- 不審者対応の強化
経済的困窮への対応
DV被害者の多くは経済的困窮に直面します。申立て時の費用負担や生活費の確保について事前に検討が必要です。
申立て費用の軽減
法テラス民事法律扶助
- 収入・資産要件を満たす場合に利用可能
- 弁護士費用の立替え
- 分割返済または返済免除の可能性
自治体の支援制度
- 一時金の貸付・給付
- 法律相談費用の助成
- 交通費等実費の支援
生活費の確保
- 生活保護の申請
- 母子生活支援施設の利用
- ひとり親世帯への各種手当
- 就労支援制度の活用
精神的負担への対応
DV保護命令の申立ては、被害者にとって大きな精神的負担となります。
専門的支援の活用
- DV相談支援センター
- 民間支援団体
- 臨床心理士・カウンセラー
- 精神科医師
支援体制の構築
- 家族・友人等からの理解と協力
- 職場での理解と配慮
- 地域コミュニティでの支援
- 同じ体験者同士の支援
手続き中のストレス軽減
- 弁護士による代理人選任
- 支援者の同伴
- 手続きの簡略化への配慮
- 迅速な処理の要請
申立て後の生活設計
保護命令は一時的な安全確保手段です。申立て時から将来の生活設計を考慮に入れることが重要です。
短期的対応(1〜3か月)
- 安全な住居の確保
- 生活費の確保
- 子どもの環境整備
- 医療・福祉サービスの利用
中期的対応(6か月〜1年)
- 離婚手続きの開始
- 就職・転職活動
- 子どもの教育環境の安定
- 経済的自立の基盤づくり
長期的対応(1年以上)
- 完全な経済的自立
- 子どもの健全な成長環境
- 精神的回復と社会復帰
- 新たな人生設計
関係機関との連携
DV保護命令の実効性を高めるには、関係機関との緊密な連携が不可欠です。
警察との連携
- 保護命令決定書の提供
- パトロール強化の要請
- 緊急通報体制の確認
- 違反時の迅速対応の要請
行政機関との連携
- DV相談支援センター
- 福祉事務所
- 子育て支援課
- 住宅担当課
民間団体との連携
- DV被害者支援団体
- 法律支援団体
- 宗教団体・NPO
- ボランティア団体
職場・学校との連携
- 事情説明と理解要請
- 安全対策の協議
- 勤務・通学時間の調整
- 緊急時対応の確認
これらの注意点を踏まえて適切に申立てを行うことで、DV保護命令を真に効果的な安全確保手段として活用することができます。何より重要なのは、被害者の安全を最優先に考え、無理をせずに専門家や支援機関の協力を得ながら手続きを進めることです。
まとめ|命を守るための制度
DV保護命令は、配偶者からの暴力に苦しむ被害者の命と安全を守るための重要な法的制度です。本記事で詳しく解説してきた内容を踏まえ、この制度を効果的に活用するためのポイントをまとめます。
DV保護命令の本質的意義
DV保護命令は単なる法的手続きではありません。それは被害者の基本的人権である「安全に生きる権利」を実現するための社会的な仕組みです。
人権保障としての意義
- 生命・身体の安全という最も基本的な権利の保護
- 恐怖から解放され平穏に生活する権利の回復
- 自己決定権の回復と将来への希望の創出
- 子どもの健全な成長環境の確保
社会制度としての機能
- 私的暴力に対する社会的な歯止め
- 被害者支援の法的基盤の提供
- 加害者への明確な行動規範の提示
- DV問題の社会的認知の向上
成功の鍵となる要素
DV保護命令の申立てを成功させ、実際の安全確保につなげるためには、以下の要素が重要です。
1. 証拠と詳細な被害状況の記録
証拠は申立ての生命線です。以下の点を心がけることが重要です:
客観的証拠の重要性
- 医師の診断書や治療記録
- 怪我や破損物の写真
- 音声や映像による記録
- 第三者の目撃証言
継続的な記録の価値
- 単発的な事件ではなく、継続的なパターンの証明
- エスカレートの傾向を示す時系列的記録
- 被害の深刻さを示す具体的詳細
将来危険性の立証
- 過去の暴力パターンからの合理的予測
- 最近の言動における脅迫的要素
- 環境変化(別居、離婚手続き等)による危険の増大
2. 関係機関との密接な連携
DV保護命令の実効性は、一つの機関だけでは確保できません。以下の連携が不可欠です:
警察との連携
- 決定書の速やかな提供
- 違反時の迅速な対応体制
- 日常的な見守りとパトロール
- 緊急時通報システムの活用
司法機関との連携
- 弁護士による専門的支援
- 他の法的手続き(離婚、親権等)との調整
- 更新申立てのタイミング調整
- 違反時の刑事告発
行政・福祉機関との連携
- DV相談支援センターでの継続支援
- 住居確保のための公的支援
- 生活保護等経済的支援
- 子どもの福祉確保
民間支援団体との連携
- 精神的支援とエンパワメント
- 実用的な生活支援
- 当事者同士の相互支援
- 社会復帰への橋渡し
申立てを躊躇している方へのメッセージ
DV保護命令の申立てを検討しながらも、様々な理由で躊躇している方も多いでしょう。そのような方々に伝えたい重要なメッセージがあります。
「完璧な証拠」を待つ必要はない
- 証拠は完璧である必要はありません
- 断片的な証拠でも組み合わせることで効果を発揮
- 専門家が証拠の整理と評価を支援
- 申立て後に追加証拠を提出することも可能
「相手との関係修復」への期待を見直す
- 暴力は愛情の表現ではありません
- 「変わってくれるかもしれない」という期待は多くの場合裏切られる
- 真の関係修復には、まず安全の確保が前提
- 保護命令は関係修復の機会を完全に奪うものではない
「自分にも落ち度があった」という自責を手放す
- いかなる理由があろうと暴力は正当化されません
- 被害者に非はありません
- 自分を責めるエネルギーを安全確保に向ける
- 専門家やカウンセラーとの対話で客観的視点を取り戻す
「子どものために我慢」という考えを再検討する
- 暴力のある家庭環境は子どもにとって有害
- 子どもは親の暴力を見ることで深刻な心理的影響を受ける
- 安全な環境での子育てこそが子どもの最善の利益
- 勇気を出して行動する親の姿は子どもにとって重要な学び
制度の限界と現実的な活用方法
DV保護命令は強力な制度ですが、万能ではありません。その限界を理解した上で、現実的に活用することが重要です。
時間的限界への対応 DV保護命令には有効期間があります:
- 6か月または2か月という期間制限の認識
- この期間を有効活用した根本的問題解決への取り組み
- 必要に応じた更新申立ての準備
- 他の法的手続きとの並行実施
地理的限界への対応 保護命令の効果は日本国内に限定されます:
- 加害者が海外に逃亡した場合の対応困難
- 国際的なネットワークを通じた嫌がらせへの対応
- 在日外国人の場合の本国での安全確保
心理的効果の限界 法的強制力があっても、すべての加害者が遵守するわけではありません:
- 違反のリスクを織り込んだ安全対策
- 心理的支援による加害者の行動変容への働きかけ
- 被害者自身の心理的回復とエンパワメント
DV保護命令を起点とした包括的支援
DV保護命令は安全確保の出発点であり、ゴールではありません。この制度を起点として、包括的な支援体制を構築することが重要です。
法的支援の展開
- 離婚調停・訴訟への移行
- 親権・面会交流の適切な取り決め
- 財産分与・慰謝料請求
- 損害賠償請求
生活再建支援
- 住居の確保と生活環境の整備
- 就労支援と経済的自立
- 子どもの教育環境の安定
- 医療・福祉サービスの活用
精神的回復支援
- トラウマからの回復
- 自尊心と自信の回復
- 対人関係能力の再構築
- 将来への希望の創出
社会復帰支援
- 職業訓練・資格取得支援
- 子育て支援サービスの活用
- 地域コミュニティへの参加
- 新たな人間関係の構築
制度改善への期待と課題
DV保護命令制度は、社会の変化とともに継続的な改善が必要です。現在議論されている課題と将来への期待を整理します。
現在の制度的課題
対象関係の限界
- 同性カップルへの保護拡大の必要性
- 交際相手(恋人)への保護拡大の検討
- 元交際相手からのストーカー行為への対応
証拠要件の厳格さ
- 精神的DVに対する証拠収集の困難
- 被害者の証言能力に依存する現状
- 客観的証拠がない場合の判断基準
期間・更新の制約
- より柔軟な期間設定の検討
- 更新手続きの簡素化
- 継続的保護の仕組みづくり
将来への期待
テクノロジーの活用
- GPS機能を活用した監視システム
- AI技術による危険予測
- デジタル証拠の活用拡大
- オンライン申立てシステムの導入
国際連携の強化
- 国際的なDV防止ネットワーク
- 外国人被害者への多言語支援
- 国境を越えた加害者への対応
予防的アプローチの強化
- 加害者更生プログラムの充実
- DV防止教育の拡充
- 早期介入システムの構築
- 社会全体の意識改革
相談・支援機関の活用
DV保護命令に関する相談や支援は、様々な機関で受けることができます。一人で悩まず、適切な支援を求めることが重要です。
公的相談機関
- DV相談ナビ(全国共通短縮番号:#8008)
- 配偶者暴力相談支援センター
- 市町村DV相談窓口
- 警察の生活安全相談
司法関連機関
- 法テラス(日本司法支援センター)
- 各地の弁護士会
- 司法書士会
- 裁判所の家事相談
民間支援団体
- 全国女性シェルターネット
- DV被害者支援団体
- 法律支援団体
- 宗教団体・NPO
医療・福祉機関
- 精神保健福祉センター
- 保健所・保健センター
- 医療ソーシャルワーカー
- 臨床心理士・カウンセラー
最後に:勇気ある一歩への応援
DV保護命令の申立ては、被害者にとって人生を変える大きな決断です。この決断には勇気が必要ですが、その一歩が新しい人生への扉を開くことになります。
あなたの命は何より大切です
- 暴力によって命を脅かされる状況は、決して受け入れてはいけません
- あなたには安全に生きる権利があります
- その権利を守るための制度がDV保護命令です
完璧でなくても良い
- すべてを一人で解決しようとする必要はありません
- 専門家や支援者の力を借りることは恥ずかしいことではありません
- 小さな一歩から始めて、徐々に状況を改善していけばよいのです
希望を持ち続けて
- 今の苦しい状況は永続的なものではありません
- 適切な支援と法的保護により、必ず状況は改善します
- 多くの被害者が困難を乗り越え、新しい人生を歩んでいます
社会全体があなたを支えています
- DV被害者を支援する制度と人々が存在します
- 一人で抱え込まず、支援の手を求めてください
- あなたの勇気ある行動が、他の被害者の希望にもなります
DV保護命令は、暴力からの解放と新しい人生への第一歩です。この制度を理解し、適切に活用することで、あなた自身と愛する人たちの安全と幸福を守ることができます。
暴力のない、平穏で尊厳ある生活は、すべての人が持つ基本的権利です。その権利を実現するため、DV保護命令という制度が存在します。勇気を持って一歩を踏み出し、専門家や支援者とともに、新しい人生を築いていってください。
あなたの安全と幸福を心から願っています。そして、困難な状況にある他の方々にとって、この情報が希望の光となることを期待しています。

佐々木 裕介(弁護士・行政書士)
「失敗しない子連れ離婚」をテーマに各種メディア、SNS等で発信している現役弁護士。離婚の相談件数は年間200件超。協議離婚や調停離婚、養育費回収など、離婚に関する総合的な法律サービスを提供するチャイルドサポート法律事務所・行政書士事務所を運営。