離婚時の財産分与において、多くの方が気になるのが「税金はかかるのか」という点です。夫婦で築いた財産を分け合う際に、思わぬ税負担が発生してしまっては大変です。本記事では、財産分与に関する税務について、贈与税や所得税を中心に詳しく解説します。
1. 財産分与に税金はかかるのか?基本的な考え方
財産分与の法的性質
財産分与とは、夫婦が婚姻期間中に協力して築いた財産を、離婚時に公平に分割することを指します。民法第768条に規定されており、離婚時における重要な権利の一つです。
財産分与は本質的に「夫婦共有財産の清算」という性格を持っています。つまり、元々夫婦が共同で所有していた財産を、離婚に伴って個人の所有に分けるという考え方です。この性質から、財産分与は新たな財産の移転や贈与とは区別されます。
原則として贈与税はかからない
財産分与の法的性質を踏まえると、原則として財産分与には贈与税はかかりません。これは国税庁の取り扱いでも明確にされています。
財産分与を受ける側にとって、それは「権利として当然に受け取るべき財産」を取得することに過ぎません。贈与税は「贈与により財産を取得した場合」に課税されるものですが、財産分与は贈与ではなく権利の行使であるため、課税対象とはならないのです。
この考え方は、相続税法第21条の3第1項第2号に基づいています。同条では「離婚による財産の分与として取得した財産」については、贈与により取得したものとはみなさないと規定されています。
財産分与の範囲
財産分与の対象となる財産は、主に以下のものがあります:
- 共有財産:婚姻期間中に夫婦が協力して取得した財産(不動産、預貯金、株式、保険解約返戻金など)
- 実質的共有財産:名義上は一方の配偶者のものでも、実質的に夫婦で協力して取得した財産
- 借金・債務:住宅ローンなど夫婦で負担していた債務も分与の対象
これらの財産を合理的な範囲で分割する限り、税務上の問題は生じません。
2. 贈与税がかかるケース
原則として財産分与には贈与税がかからないとお伝えしましたが、例外的に贈与税が課税される場合があります。
過大な財産分与の場合
財産分与が「過大」とみなされる場合、超過部分について贈与税が課税されます。
過大かどうかの判断基準は、以下の要素を総合的に考慮して決まります:
- 夫婦の財産形成への貢献度
- 共働きかどうか
- 家事・育児への貢献度
- 財産形成に対する寄与の程度
- 婚姻期間の長さ
- 婚姻期間が短い場合、大きな財産分与は過大とされやすい
- 財産の性質
- 婚姻前から所有していた財産(特有財産)は原則として分与対象外
- 相続で取得した財産も同様
具体的な過大判定の例
ケース1:婚姻期間2年で5,000万円の不動産を全額分与
夫の年収:800万円
妻の年収:300万円(パート)
不動産:夫が独身時代に購入、結婚後に共同でローンを返済
この場合、妻の貢献度に比して分与額が過大と判定される可能性が高い
ケース2:慰謝料的要素を含む高額分与
財産総額:3,000万円
通常の分与割合:各1,500万円
実際の分与:夫500万円、妻2,500万円
差額1,000万円が慰謝料的性格と認定されれば、過大分与として贈与税の対象となる可能性
慰謝料との区別
財産分与と慰謝料は法的に異なる性質を持ちます:
- 財産分与:共有財産の清算(原則非課税)
- 慰謝料:精神的苦痛に対する損害賠償(原則非課税だが、社会通念上相当な金額を超える場合は課税)
実務上、両者が混在したり、慰謝料の性格を含む財産分与が行われることがあります。このような場合、税務署は実質的な内容を判断して課税の可否を決定します。
過大分与を避けるための対策
- 合理的な分与割合を設定する
- 一般的には1/2ずつが基本
- 貢献度に応じて調整する場合も、極端な偏りは避ける
- 財産分与と慰謝料を明確に区別する
- 合意書や調停調書で明確に項目を分ける
- それぞれの金額と根拠を明記する
- 専門家の意見を求める
- 弁護士や税理士に事前相談する
- 特に高額な財産分与の場合は必須
3. 所得税がかかるケース
財産分与において、受け取る側は原則として所得税も課税されません。しかし、財産を渡す側については、特定の資産を譲渡する場合に譲渡所得税が発生することがあります。
不動産の譲渡による課税
不動産を財産分与で譲渡する場合、譲渡する側に譲渡所得税が課税される可能性があります。
税務上、財産分与による不動産の譲渡も「譲渡」として取り扱われるためです。この場合の譲渡価格は、財産分与時の時価で計算されます。
譲渡所得の計算方法
譲渡所得 = 譲渡価格(時価) – 取得費 – 譲渡費用
譲渡価格:財産分与時の不動産の時価
取得費:不動産を取得した時の価格(建物は減価償却後)
譲渡費用:譲渡に要した費用(仲介手数料、登記費用など)
具体例
【前提条件】
・夫名義のマンションを妻に財産分与
・取得価格:3,000万円(10年前に購入)
・財産分与時の時価:4,000万円
・取得費(減価償却後):2,700万円
・譲渡費用:100万円
【計算】
譲渡所得 = 4,000万円 – 2,700万円 – 100万円 = 1,200万円
【税額(長期譲渡所得として)】
所得税:1,200万円 × 15% = 180万円
住民税:1,200万円 × 5% = 60万円
合計:240万円
居住用財産の特別控除
財産分与で譲渡する不動産が居住用財産(マイホーム)の場合、3,000万円の特別控除が適用される可能性があります。
適用要件:
- 自己の居住用財産であること
- 住まなくなった日から3年目の12月31日までに譲渡すること
- 譲渡先が配偶者や直系血族でないこと(財産分与の場合、離婚後の元配偶者は適用対象)
- 過去2年間に同特例を利用していないこと
この特例を利用できれば、多くのケースで譲渡所得税を回避または大幅に減額できます。
株式・有価証券の譲渡
株式や投資信託などの有価証券を財産分与で譲渡する場合も、譲渡所得税が課税される可能性があります。
上場株式の場合
譲渡所得 = 譲渡価格(財産分与時の時価) – 取得価格
税率:20.315%(所得税15.315% + 住民税5%)
非上場株式の場合
非上場株式の評価は複雑で、以下の方法により時価を算定します:
- 類似業種比準価額方式
- 純資産価額方式
- これらの併用方式
評価が困難な場合は、税理士等の専門家に依頼することが重要です。
譲渡所得税を軽減する方法
- 取得時期の確認
- 5年超保有の長期譲渡所得の方が税率が低い
- 特別控除の活用
- 居住用財産の3,000万円控除
- その他の特例措置の検討
- 譲渡のタイミング調整
- 他の所得との損益通算
- 分割譲渡による税負担分散
- 代償分割の検討
- 現物分与ではなく、金銭での代償も選択肢
4. その他の税金について
財産分与においては、贈与税や所得税以外の税金についても注意が必要です。
不動産取得税
不動産を財産分与により取得した場合、不動産取得税は原則として課税されません。
地方税法第73条の7第1号により、「相続(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈を含む。)により不動産を取得した場合」には不動産取得税が課税されないとされており、財産分与による不動産の取得も、この相続に準ずるものとして非課税扱いとなります。
登録免許税
不動産の名義変更に伴う登録免許税は課税されます。
財産分与による所有権移転登記の場合の税率:
- 固定資産税評価額の2%
計算例
固定資産税評価額:2,000万円の不動産の場合
登録免許税:2,000万円 × 2% = 40万円
なお、通常の売買による所有権移転登記の税率(2%)と同率ですが、相続による移転(0.4%)と比べると高い税率となります。
固定資産税
不動産の名義変更後は、新しい所有者が固定資産税を負担することになります。
年の途中で名義変更した場合の取り扱い:
- 1月1日時点の所有者が、その年度の固定資産税を負担する原則
- ただし、当事者間で日割り計算して負担することも可能
- 合意内容は財産分与協議書に明記することが重要
自動車税・軽自動車税
自動車を財産分与する場合:
- 自動車税:4月1日時点の所有者が年税を負担
- 軽自動車税:同様に4月1日時点の所有者が負担
名義変更手続きとともに、税金の負担についても取り決めておくことが重要です。
5. 税務上の注意点とリスク管理
財産分与を行う際は、以下の点に十分注意する必要があります。
適正な財産評価の重要性
財産分与において最も重要なのは、財産の適正な評価です。
不動産の評価方法
- 実勢価格(時価)
- 不動産鑑定士による鑑定評価
- 不動産会社による査定
- 近隣の売買事例
- 公的評価額
- 固定資産税評価額
- 路線価
- 公示価格
実務上は、複数の評価方法を参考にして合理的な価格を設定することが重要です。
有価証券の評価
- 上場株式:財産分与日の終値
- 投資信託:財産分与日の基準価額
- 非上場株式:専門家による株価算定が必要
合意書・調停調書の重要性
財産分与が贈与とみなされるリスクを回避するため、以下の点を明確にした書面を作成することが重要です。
記載すべき事項
財産分与である旨の明記
「本合意は、民法第768条に基づく財産分与として行うものである」
- 分与の根拠
- 夫婦の貢献度
- 財産形成への寄与度
- 婚姻期間
- その他考慮すべき事情
- 財産の詳細
- 財産の内容と評価額
- 分与割合とその根拠
- 分与の方法(現物分与か代償分与か)
- 慰謝料との区別
- 慰謝料がある場合は別項目として明記
- 各項目の金額と根拠を明確化
タイミングの重要性
財産分与の実行タイミングも税務上重要な要素です。
離婚前の分与は贈与税の対象
離婚が成立する前に財産を移転した場合、それは財産分与ではなく贈与として取り扱われ、贈与税が課税される可能性があります。
正しい手順:
- 離婚の合意
- 財産分与の合意
- 離婚届の提出
- 財産分与の実行
分与請求権の時効
財産分与請求権は、離婚の時から2年で消滅します(民法第768条第2項ただし書)。この期間内に分与を完了させる必要があります。
税務調査への備え
高額な財産分与を行った場合、税務署から問い合わせや調査が入る可能性があります。
準備すべき資料
- 離婚関係書類
- 離婚届の写し
- 調停調書・審判書(ある場合)
- 財産分与協議書
- 財産関係書類
- 不動産の登記簿謄本
- 固定資産税評価証明書
- 不動産鑑定書・査定書
- 預金通帳・証券関係書類
- 保険証券
- 分与の根拠資料
- 夫婦の収入を示す資料
- 財産形成過程を示す資料
- 貢献度を裏付ける資料
6. 専門家活用のススメ
財産分与における税務は複雑で、判断を誤ると大きな税負担が生じる可能性があります。
弁護士の役割
- 財産分与の法的妥当性の確認
- 過大分与リスクの評価
- 合意書の作成
- 調停・審判の代理
税理士の役割
- 税務上の取り扱いの確認
- 譲渡所得税の計算
- 節税対策の提案
- 税務申告のサポート
不動産鑑定士の役割
- 不動産の適正評価
- 鑑定評価書の作成
- 税務署に対する評価根拠の説明
相談のタイミング
財産分与の合意前に専門家に相談することが重要です。合意後では取り得る選択肢が限られてしまいます。
特に以下の場合は、専門家への相談を強く推奨します:
- 分与財産が高額(数千万円以上)
- 不動産や株式などの評価が困難な資産を含む
- 分与割合が1/2から大きく外れる
- 慰謝料的要素を含む分与を行う
- 税務上の取り扱いに不安がある
7. ケーススタディ
実際の事例を通じて、財産分与の税務について理解を深めましょう。
ケース1:適正な財産分与の例
【前提条件】
夫(45歳・年収900万円)、妻(40歳・年収400万円)
婚姻期間:15年
共有財産:自宅不動産4,000万円、預貯金1,000万円、株式500万円
住宅ローン残債:1,500万円
【分与内容】
純資産:5,500万円 – 1,500万円 = 4,000万円
各人の取得分:4,000万円 × 1/2 = 2,000万円ずつ
夫:株式500万円 + 預貯金1,500万円 = 2,000万円
妻:不動産4,000万円 – 住宅ローン1,500万円 + 預貯金500万円 = 3,000万円
妻から夫へ代償金1,000万円を支払い
【税務上の取り扱い】
・分与割合が1/2ずつで合理的 → 贈与税なし
・現金での代償分与 → 譲渡所得税なし
・不動産の名義変更 → 登録免許税80万円(4,000万円×2%)のみ
ケース2:過大分与による課税例
【前提条件】
夫(35歳・年収1,200万円)、妻(33歳・専業主婦)
婚姻期間:3年
共有財産:預貯金2,000万円(夫の収入からの蓄積)
【分与内容】
妻が1,800万円、夫が200万円を取得
【税務上の取り扱い】
通常の分与割合:各1,000万円
実際の分与:妻1,800万円
過大部分:1,800万円 – 1,000万円 = 800万円
800万円について贈与税が課税される可能性
贈与税額:(800万円 – 110万円) × 30% – 65万円 = 142万円
ケース3:不動産分与による譲渡所得税の例
【前提条件】
夫名義の投資用不動産を妻に財産分与
取得価格:2,500万円(8年前)
分与時時価:4,500万円
減価償却累計額:500万円
【税務上の取り扱い】
取得費:2,500万円 – 500万円 = 2,000万円
譲渡所得:4,500万円 – 2,000万円 = 2,500万円
長期譲渡所得税:2,500万円 × 20.315% = 約508万円
※居住用財産ではないため特別控除の適用なし
8. 最近の税制改正と動向
財産分与に関する税制は、社会情勢の変化に応じて改正されることがあります。
配偶者控除の拡充
2020年の税制改正により、居住用不動産の配偶者間贈与について特例が設けられました。ただし、この特例は財産分与ではなく贈与に適用されるものです。
デジタル資産の取り扱い
暗号資産(仮想通貨)やNFTなどのデジタル資産が財産分与の対象となるケースが増えています。これらの資産の評価方法や税務上の取り扱いについて、今後ガイドラインの整備が進むと予想されます。
国際的な税務問題
国際結婚の増加に伴い、財産分与における国際税務の問題も注目されています。外国に所在する財産の分与や、外国人との離婚における税務上の取り扱いについて、専門的な知識がますます重要になっています。
まとめ
財産分与と税金の関係について、重要なポイントをまとめます。
基本原則
- 財産分与は原則として非課税
- 贈与税:かからない
- 所得税(受取側):かからない
- 例外的な課税
- 過大な分与:贈与税
- 不動産・株式の譲渡:譲渡所得税
- 登録免許税:不動産の名義変更時
注意すべきポイント
- 適正な財産評価の実施
- 合理的な分与割合の設定
- 財産分与である旨の明確化
- 専門家への事前相談
推奨する行動
- 早期の専門家相談
- 弁護士:法的妥当性の確認
- 税理士:税務上の取り扱い確認
- 適切な書面の作成
- 財産分与協議書
- 必要に応じて公正証書
- 計画的な実行
- 税務上有利なタイミングの選択
- 特例制度の活用検討
財産分与における税務は複雑ですが、適切な準備と専門家のサポートにより、税負担を最小限に抑えながら公平な分与を実現することが可能です。離婚という人生の重要な局面において、経済的な不利益を被らないよう、十分な準備と慎重な検討を行うことが重要です。
何より大切なのは、事前の準備と専門家との連携です。財産分与の合意前に、必ず弁護士や税理士に相談し、最適な方法を検討することをお勧めします。

佐々木 裕介(弁護士・行政書士)
「失敗しない子連れ離婚」をテーマに各種メディア、SNS等で発信している現役弁護士。離婚の相談件数は年間200件超。協議離婚や調停離婚、養育費回収など、離婚に関する総合的な法律サービスを提供するチャイルドサポート法律事務所・行政書士事務所を運営。