離婚に伴う財産分与について、当事者同士での話し合いがうまくいかない場合、家庭裁判所での調停手続きを利用することができます。財産分与調停は、公平な第三者である調停委員の関与のもとで、夫婦が築いた財産を適切に分割するための重要な手続きです。
この記事では、財産分与調停の基本的な仕組みから具体的な進め方、成功のための準備事項や戦略まで、詳しく解説していきます。適切な準備と戦略があれば、より有利に調停を進めることが可能になります。
1. 財産分与調停とは
財産分与調停の基本的な仕組み
財産分与調停とは、離婚に伴う財産分与について夫婦間で合意に至らない場合に、家庭裁判所で行われる調停手続きのことです。裁判所が選任した調停委員(通常は男女各1名の計2名)が、双方の主張を聞きながら合意形成を支援します。
調停委員は法律の専門家や社会経験豊富な一般市民から選ばれており、中立的な立場から双方の意見を聞き、適切な解決案を提示してくれます。強制的に判断を下すのではなく、あくまでも当事者の合意を目指すのが調停の特徴です。
離婚調停との同時進行も可能
財産分与調停は、離婚調停と同時に進行させることも可能です。むしろ、離婚と財産分与を一体として解決することで、手続きの効率化を図ることができます。離婚調停が成立すれば、その場で財産分与についても合意内容が調停調書に記載され、法的な効力を持つことになります。
ただし、既に離婚が成立している場合でも、離婚から2年以内であれば財産分与調停を申し立てることができます。この期間制限は重要なポイントなので、離婚後に財産分与の問題が残っている場合は、早めに手続きを検討することが必要です。
調停のメリットとデメリット
財産分与調停には以下のようなメリットがあります:
メリット
- 裁判に比べて費用が安い(申立手数料は1,200円程度)
- 非公開で行われるため、プライバシーが守られる
- 調停委員が専門的なアドバイスを提供してくれる
- 双方が納得した上での合意なので、後々のトラブルが少ない
- 調停調書には強制執行力がある
デメリット
- 相手が調停に応じない場合、強制することはできない
- 合意に至らない場合は審判に移行し、時間がかかる
- 調停委員との相性や理解度によって進行が左右される場合がある
2. 財産分与調停の流れ
申立て手続き
財産分与調停を始めるには、まず家庭裁判所への申立てが必要です。申立ては原則として相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。ただし、離婚調停と同時に行う場合や、当事者が合意している場合は、申立人の住所地の家庭裁判所でも可能です。
申立てに必要な費用は以下の通りです:
- 収入印紙:1,200円
- 郵便切手:800円程度(裁判所によって異なる)
- その他、戸籍謄本等の取得費用
申立書には、求める財産分与の内容、財産の概要、分与を求める理由などを詳細に記載します。この段階で、できるだけ具体的で説得力のある内容を記載することが、その後の調停を有利に進めるためのポイントになります。
期日通知と呼出し
申立てが受理されると、家庭裁判所から双方に調停期日の通知が送られます。第1回調停期日は、申立てから約1か月後に設定されることが一般的です。
呼出状には、調停期日の日時、場所、注意事項などが記載されています。正当な理由なく出頭しない場合は5万円以下の過料に処せられる可能性があるため、必ず出席することが重要です。やむを得ない事情で出席できない場合は、事前に裁判所に連絡し、期日の変更を申し出る必要があります。
調停期日での話し合い
調停期日では、申立人と相手方が交互に調停室に呼ばれ、調停委員と話し合いを行います。同席することは基本的にありませんので、相手と直接顔を合わせることなく手続きを進めることができます。
第1回調停期日での主な内容
- 双方の財産状況の確認
- 分与を求める財産の範囲と根拠の確認
- 相手方の意見・反論の聞き取り
- 必要な資料の提出指示
第2回目以降の調停期日
- 提出された資料に基づく財産の詳細な検討
- 財産評価額の確認・争点の整理
- 分与割合や分与方法についての話し合い
- 調停委員からの解決案の提示
調停は通常、月1回のペースで開催され、1回あたり2〜3時間程度を要します。案件の複雑さにもよりますが、3〜6回程度の期日で終了することが多いとされています。
合意成立または不成立
双方が合意に達した場合、その内容が調停調書に記載されます。調停調書は確定判決と同じ効力を持ち、記載された内容について強制執行が可能になります。
一方、合意に至らずに調停が不成立となった場合は、自動的に審判手続きに移行します。審判では、裁判官が提出された証拠や当事者の主張を総合的に判断し、財産分与について決定を下します。審判に対して不服がある場合は、2週間以内に高等裁判所に即時抗告を申し立てることができます。
3. 財産分与調停で準備すべき資料
財産関連資料の収集
財産分与調停を有利に進めるためには、徹底した資料収集が不可欠です。以下の資料を可能な限り詳細に準備することが重要です。
預貯金関係
- 全ての金融機関の通帳(婚姻期間全体をカバーするもの)
- 定期預金証書
- 積立預金の明細
- 外貨預金の残高証明書
預貯金については、婚姻時から現在までの推移を明確に示すことが重要です。特に、大きな入出金がある場合は、その理由を説明できる資料も併せて準備しておく必要があります。
不動産関係
- 不動産登記事項証明書(土地・建物の全部事項証明書)
- 固定資産税評価証明書
- 不動産鑑定評価書(高額物件の場合)
- 住宅ローンの残高証明書
- 不動産売買契約書(購入時のもの)
不動産については、現在の評価額を正確に把握することが重要です。固定資産税評価額は市場価格よりも低く設定されている場合が多いため、より正確な時価を把握するために不動産業者の査定書を取得することも検討すべきです。
有価証券・投資商品関係
- 証券会社の取引残高報告書
- 株式の評価証明書
- 投資信託の残高明細
- 国債・社債の保有証明書
保険関係
- 生命保険証券
- 学資保険証券
- 解約返戻金の計算書
- 保険料払込証明書
退職金関係
- 退職金規程
- 退職金見込額証明書(勤務先人事部に依頼)
- 企業年金の加入証明書
退職金については、将来受け取る予定のものも財産分与の対象となる可能性があります。勤務先に依頼して、現時点で退職した場合の退職金見込額を証明してもらうことが重要です。
負債関連資料の整理
財産分与では、プラスの財産だけでなくマイナスの財産(負債)も考慮する必要があります。以下の資料を準備しましょう。
借入金関係
- 住宅ローンの残高証明書・返済予定表
- 自動車ローンの残高証明書
- 教育ローンの残高証明書
- カードローンの利用明細
クレジットカード関係
- 各種クレジットカードの利用明細書
- リボ払い・分割払いの残高証明書
その他の負債
- 親族からの借入れの証明書(借用書等)
- 事業資金の借入れ明細
収入・支出関係資料
財産形成に対する寄与度を主張するために、収入や支出の状況を示す資料も重要です。
収入関係
- 源泉徴収票(婚姻期間中の全年分)
- 確定申告書控え
- 給与明細書
- 賞与明細書
- 事業所得がある場合の帳簿
支出関係
- 家計簿(可能であれば婚姻期間中の記録)
- 家族の生活費支出の領収書
- 住宅の修繕費・リフォーム費用の領収書
- 子どもの教育費支出明細
資料収集のポイント
資料収集において最も重要なのは「客観性」です。当事者の一方的な主張ではなく、第三者が発行した公的な書類や金融機関の記録など、客観的に確認できる証拠を重視する必要があります。
また、相手方が財産を隠蔽している可能性がある場合は、調停の場で財産開示を求めることができます。正当な理由なく財産を開示しない場合は、調停委員からも開示を促してもらうことが可能です。
必要に応じて、弁護士を通じて弁護士会照会制度を利用し、金融機関等に対して情報開示を求めることも検討すべきです。この制度を利用することで、相手方が隠している預貯金口座や取引状況を把握できる場合があります。
4. 有利に進める戦略
財産の全容把握が最重要
財産分与調停を有利に進めるための最も重要な戦略は、夫婦の財産の全容を正確に把握することです。多くの場合、財産分与でトラブルになるのは、一方が財産を隠したり、過少申告したりするケースです。
財産調査の具体的な方法
- 婚姻期間中の家計の流れを時系列で整理する
- 相手方名義の通帳や証券口座の存在を確認する
- 不動産の名義や持分割合を登記簿で確認する
- 生命保険の契約者・被保険者・受益者を確認する
- 相手方の勤務先の退職金制度を調査する
相手が財産開示に非協力的な場合は、調停の場で調停委員を通じて開示を求めることができます。それでも開示しない場合は、弁護士に依頼して法的な手続きにより情報開示を求めることも可能です。
分与対象財産と非対象財産の区別
財産分与において重要なのは、分与の対象となる財産と対象とならない財産を正確に区別することです。
分与対象となる財産(共有財産)
- 婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産
- 婚姻後に取得した不動産
- 婚姻後の収入で購入した動産
- 婚姻期間中の預貯金の増加分
- 婚姻期間中に加入した生命保険の解約返戻金
- 退職金(婚姻期間相当分)
分与対象とならない財産(特有財産)
- 結婚前からの個人財産
- 相続や贈与により取得した財産
- 結婚前の借金や個人的な借金
- 個人的な趣味で購入した高額品(ただし争いになる場合あり)
この区別を明確にするためには、財産の取得時期と取得原資を証明することが重要です。結婚前からの預貯金については、婚姻時の残高証明書があると有効です。
公平な分与割合の主張
財産分与の基本的な考え方は「2分の1ルール」です。夫婦が協力して築いた財産は、原則として2分の1ずつ分割するというものです。しかし、以下のような特別な事情がある場合は、この割合が修正される可能性があります。
分与割合が修正される可能性がある事情
- 一方が事業経営者で、特別な才覚により財産を築いた場合
- 一方が専門職として高額所得を得ていた場合
- 一方が財産形成に全く寄与していない場合
- 一方が財産を浪費や隠匿した場合
- 婚姻期間が極端に短い場合
これらの特別事情を主張する場合は、客観的な証拠による裏付けが必要です。単なる感情論や一方的な主張では、調停委員を説得することは困難です。
財産評価時点の戦略
財産の評価時点についても重要な争点となります。株式や不動産など、価格が変動する財産については、評価時点により分与額が大きく変わる可能性があります。
財産評価の時点
- 別居時説:別居により夫婦の協力関係が終了した時点
- 調停時説:調停申立て時または調停成立時
- 離婚時説:離婚成立時
実務では調停時説が多く採用されますが、ケースによっては別居時説が適用されることもあります。どの時点での評価が有利かを検討し、適切な主張を行うことが重要です。
分割方法の戦略的検討
財産分与では、分与額が決まった後に、具体的な分割方法を決める必要があります。現金での支払いが理想的ですが、不動産など分割が困難な財産がある場合は、以下のような方法を検討する必要があります。
現物分割
- 不動産を一方が取得し、他方は他の財産で調整する方法
- 住宅ローン付き不動産の場合は、債務引受も併せて行う
代償分割
- 一方が不動産を取得し、他方に現金で代償金を支払う方法
- 分与権利者の即金需要に応える方法
換価分割
- 不動産を売却し、売却代金を分割する方法
- 最も公平だが、居住の継続ができないデメリット
どの方法が最適かは、当事者の経済状況、子どもの環境、税務上の問題等を総合的に考慮して決定する必要があります。
弁護士サポートの効果的な活用
財産分与額が大きい場合や法的論点が複雑な場合は、弁護士のサポートを得ることが効果的です。弁護士に依頼することで以下のメリットがあります。
弁護士依頼のメリット
- 専門的な法的知識に基づく主張が可能
- 相手方の隠し財産を法的手続きで追及できる
- 調停委員への効果的なプレゼンテーションが可能
- 不利な合意を回避できる
- 税務面でのアドバイスも受けられる
ただし、弁護士費用との兼ね合いも考慮する必要があります。一般的に、分与対象財産が1,000万円を超える場合や、相手方も弁護士を依頼している場合は、弁護士サポートを検討することが推奨されます。
5. 財産分与調停が長引く原因と対策
相手方の財産不開示問題
財産分与調停が長期化する最も一般的な原因は、相手方が財産を十分に開示しないことです。特に以下のような財産について隠蔽が行われることが多いとされています。
隠蔽されやすい財産
- 複数の金融機関に分散された預貯金
- 証券会社の取引口座
- 現金・貴金属類
- 事業用資産
- 海外資産
- 仮想通貨
対策方法
- 調停委員を通じた開示要求の強化
- 弁護士会照会制度の活用
- 金融機関への照会請求
- 相手方の生活状況から推測される財産の追及
財産開示に関しては、調停委員も積極的にサポートしてくれます。正当な理由なく財産開示を拒む相手方に対しては、調停委員から説得してもらうことが可能です。
財産評価をめぐる争い
不動産や非上場株式、退職金などの評価をめぐって争いが生じることも、調停長期化の原因となります。
不動産評価の争点
- 固定資産税評価額 vs 実勢価格
- 査定業者による評価額の違い
- 築年数や立地条件の評価方法
- リフォーム費用の考慮の有無
対策方法
- 複数の不動産業者による査定の実施
- 不動産鑑定士による正式な鑑定評価
- 近隣の類似物件の取引事例の調査
- 評価方法についての専門的な主張
退職金評価の争点
- 現在退職した場合の退職金額 vs 定年退職時の見込額
- 婚姻期間相当分の計算方法
- 企業の将来性や退職金制度変更の可能性
対策方法
- 勤務先の退職金規程の詳細な分析
- 同規模企業の退職金水準との比較
- 退職金の性格(功労報償 vs 後払い賃金)についての主張
分与割合についての対立
2分の1ルールが原則であるものの、特別な事情により修正を求める主張が対立することも長期化の原因となります。
よくある対立点
- 専業主婦の家事労働の評価
- 事業経営者の特別な寄与の評価
- 財産減少に対する責任の所在
- 婚姻期間中の一方の不貞行為の影響
対策方法
- 客観的な証拠による寄与度の立証
- 類似事例の判例・審判例の調査
- 専門家(公認会計士等)の意見書の活用
- 感情論を排した論理的な主張の構築
調停委員との関係性
調停委員との関係性や理解度によっても、調停の進行が左右される場合があります。
調停委員との効果的な関係構築
- 冷静で論理的な説明を心がける
- 必要な資料を整理して提出する
- 相手方への感情的な批判を避ける
- 建設的な解決案を提示する
- 調停委員の質問には誠実に回答する
調停委員は中立的な立場ですが、より説得力のある主張や協力的な態度を示す当事者に対して、好意的な印象を持つことは自然なことです。
6. まとめ
財産分与調停は、離婚に伴う財産問題を公平に解決するための重要な手続きです。成功のためには以下のポイントが重要です。
準備の重要性
徹底した資料収集と財産調査が調停成功の基盤となります。客観的な証拠に基づいた主張を行うことで、調停委員の理解と支持を得ることができます。特に以下の点に注意が必要です:
- 財産の全容を把握し、隠し財産の存在を疑う姿勢
- 分与対象財産と特有財産の明確な区別
- 評価時点と評価方法についての戦略的検討
- 必要な資料の早期収集と整理
戦略的な進め方
調停では感情的な対立を避け、法的根拠に基づいた建設的な主張を行うことが重要です:
- 2分の1ルールを基本としつつ、特別事情がある場合の適切な主張
- 相手方との対話を重視し、Win-Winの解決を模索
- 調停委員との良好な関係構築
- 長期化を避けるための効率的な進行協力
専門家サポートの活用
財産額が大きい場合や複雑な法的問題がある場合は、弁護士等の専門家サポートを積極的に活用することが推奨されます。専門的知識と経験に基づくアドバイスにより、より有利な結果を得ることが可能になります。
財産分与調停は単なる財産の分割ではなく、夫婦が築いた人生の成果を公平に評価し分配する重要な手続きです。適切な準備と戦略により、納得のいく解決を目指しましょう。
調停が不成立となった場合でも、審判手続きにより最終的な解決が図られます。いずれにせよ、客観的な証拠と論理的な主張が結果を左右する重要な要素となることに変わりはありません。
離婚は人生の大きな転機ですが、財産分与を適切に解決することで、新しい人生のスタートを切る基盤を築くことができます。この記事が、財産分与調停に臨む皆様の参考となれば幸いです。

佐々木 裕介(弁護士・行政書士)
「失敗しない子連れ離婚」をテーマに各種メディア、SNS等で発信している現役弁護士。離婚の相談件数は年間200件超。協議離婚や調停離婚、養育費回収など、離婚に関する総合的な法律サービスを提供するチャイルドサポート法律事務所・行政書士事務所を運営。