2026年4月、改正民法が施行され、日本でも「共同親権」を選べる時代が始まりました。離婚は「親権を奪い合う戦い」から、「両方の親が子どもの人生に関わり続ける選択」へと、根本から変わろうとしています。
親の選択肢は広がりました。しかし選択肢が増えたぶん、決めなければならないことも増え、「何から考えればいいのか分からない」と戸惑う声も増えています。
ここで、多くの方が見落としているのが「心理学」の視点です。海外では30年以上前から、離婚と子どもの心理に関する研究と実践が積み重ねられてきました。日本でも、その知見が、いよいよ実用フェーズに入っています。
この記事では、法務省認証ADR機関である株式会社チャイルドサポートが、弁護士・佐々木裕介監修のもと、「なぜ今、離婚にも心理学が必要なのか」を、3つの視点から解説します。
なぜ「離婚+心理学」が、いま重要なのか
離婚の手続きや法律の話は、検索すれば情報があふれています。親権の決め方、養育費の相場、慰謝料の請求方法。これらは確かに必要な知識です。
しかし、これだけでは足りません。多くの研究が示しているのは、「離婚そのもの」より「離婚に至るまで、そしてその後の親同士の対立」のほうが、子どもへの影響が圧倒的に大きいということです。
法律で守れるのは権利だけ。子どもの心は、法律の外側にあります。
そして、いま日本は、戦後最大の家族法改正の真っ只中にいます。改正民法は、共同親権の導入だけでなく、法定養育費制度、親子交流のルール整備など、家族のあり方を根本から変える内容を含みます。「選択肢が増える=迷いが増える」時代の親にとって、心理学的な視点は、これまでにないほど大きな意味を持つようになりました。
この記事を含むシリーズ「Families In Transition」では、海外で30年以上蓄積されてきた離婚と子どもの心理学を、日本の家族の文脈に合わせて解説していきます。
ポイント1:2026年4月、共同親権で何が変わったのか
2024年5月17日に成立し、2026年4月1日に施行された改正民法は、戦後の家族法を大きく塗り替えるものです。
主な変更点
最も大きな変更点は、これまで離婚後は必ずどちらかの親が単独で親権を持っていたものを、「単独親権」または「共同親権」のいずれかを選択できるようになったことです。
これまでの日本の離婚は、「親権を取った親」と「取られた親」という、いわば勝ち負けの構造でした。改正後は、どちらの親も離婚後も子どもの重要な意思決定に関わり続けるという選択肢が、初めて法律で認められました。
このほか、養育費の不払いが起きた際に強制執行などを行いやすくする「法定養育費制度」が新設され、面会交流は「親子交流」へと名称変更のうえ、子の利益を最優先することが明文化されました。
親の選択肢が広がる=決めることが、ぐっと増える
しかし、選択肢が広がったということは、決めなければならないことも、それだけ増えたということです。
共同親権を選ぶのか、単独親権にするのか。子どもとどう関わり続けるのか。日常の小さな決定はどうするのか。学校や医療の方針は、誰が決めるのか。
法律は、ここまで具体的なことは決めてくれません。改正民法には「子の利益を最も優先する」という原則が示されているだけで、その具体的な中身は、親同士が話し合って決める必要があります。
つまり、いまの親が直面しているのは、「制度をどう使いこなすか」という問いです。そしてその問いに答えるには、法律の知識だけでなく、子どもの心理と親同士の関係性に対する深い理解が、これまで以上に必要になります。
事例:法律は完璧。それでも子どもが学校に行けなくなった理由
ここで、ある親子の話を紹介します(複数のご相談を組み合わせたフィクションですが、似た状況のご家庭は本当に多いのです)。
Aさん(38歳)は、小学2年生のお子さんを持つお母さんでした。夫婦関係が改善せず離婚を決意したAさんは、親権、養育費、財産分与といった法律のことを、ご自身で徹底的に勉強されました。離婚協議書のひな型を研究し、必要書類も準備し、専門家から見ても落ち度のない準備でした。
ところが、離婚協議が始まって2か月ほど経った頃、お子さんが急に学校に行けなくなってしまったのです。
Aさんは衝撃を受けました。「法律のことは、ちゃんと進めていたのに、なぜ?」と。
実は、ここに今回の核心があります。Aさんが準備していたのは、「離婚という出来事」を法的に整える準備だけだったのです。離婚に至るまでの数か月間、家庭の中の張り詰めた空気を、お子さんはずっと感じ続けていました。
お父さんとお母さんが互いを避け、無言で過ごす時間。電話で言い争う声。Aさんからふと漏れる「お父さんは……」というため息。
お子さんの「学校に行けない」という反応は、その積み重なりの結果でした。
Aさんに足りなかったのは、法律の知識ではありません。「離婚の手続きを進めながら、子どもの心をどう守るか」という視点でした。
これは、Aさんだけの話ではありません。多くの親御さんが、同じような後悔を抱えてご相談に来られます。「もっと早く知りたかった」と。
ポイント2:30年の研究が示す、本当に子どもを傷つけるもの
「離婚は、子どもを必ず傷つける」――そう思い込んでいる方は、まだ多くいらっしゃいます。しかしこの前提自体が、海外の研究で繰り返し否定されてきました。
Wallerstein による25年追跡研究
アメリカの心理学者 Judith Wallerstein は、離婚を経験した家族を25年間追跡する、世界的にも有名な縦断研究を行いました。1980年代から続いたこの研究で見えてきたのは、子どもに本当にダメージを与えるのは「離婚という事実そのもの」ではなく、「離婚に至るまでの過程、そしてその後の、親同士の対立の継続」だということでした。
Saini らの2024年メタ分析
2024年、Family Court Review 誌に発表された Saini らのメタ分析は、世界中の40件の離婚教育プログラム研究を統合した、現時点で最も新しい大規模分析のひとつです。結論は Wallerstein の古典的研究と一致しています。子どもの心理的な健康に最も強く影響するのは、両親の対立レベルでした。
「離婚」と「対立」を分けて考える
これらの研究が示すのは、「離婚するかどうか」ではなく、「対立をどう減らすか」「どう離婚するか」が、子どもの未来を決めるということです。
実は、Booth と Amato が2001年に発表した12年間の追跡研究では、もっと意外なことも分かっています。激しい対立のある夫婦の子どもは、離婚したほうがむしろ精神的に健康になる傾向すらあったのです。一方、表面的に穏やかな夫婦の子どもは、離婚で大きく傷つきやすい傾向がありました。
つまり「離婚=悪」「結婚継続=善」という単純な構図は、研究の現実とは噛み合っていません。本当に大事なのは、家庭の中で対立がどう扱われているか、です。
この点は、シリーズ次回の記事「離婚そのものより、何が子どもを傷つけるのか — 30年の研究が示す答え」で、より詳しく解説しています。
ポイント3:海外で30年蓄積された「親教育プログラム」
では、対立を減らし、子どもを守るために、親には何ができるのでしょうか。ここで登場するのが、海外で30年以上前から実践されてきた「離婚教育プログラム」です。
代表的な3つのプログラム
Families In Transition(FAIT) このシリーズのタイトルにもなっている FAIT は、米国ケンタッキー州ジェファーソン郡で生まれた、家庭裁判所の手続きと連動した親教育プログラムです。離婚を申し立てた親に受講が義務付けられている州もあります。家族の移行期(transition)として離婚を捉え、子どもの心を守るためのコミュニケーションを学びます。
Children in Between 米国の主要な離婚教育プログラムのひとつで、National Registry of Evidence-based Programs and Practices(NREPP)にも登録された、エビデンスベースのプログラムです。子どもが両親の対立に巻き込まれないようにするためのスキルを、親と子の双方に提供します。
New Beginnings Program アリゾナ州立大学のREACH研究所が開発したプログラムで、15年に及ぶ追跡研究で、参加した家庭の子どもの薬物使用減少やメンタルヘルスの改善が実証されています。
日本での展開:FAIT-Japan
日本でも、白梅学園大学の福丸由佳教授らによって、FAIT プログラムが導入され、実践が始まっています。親グループと子どもグループに分かれ、ワークブックやDVDを使った2日間のグループプログラムとして、心理士のファシリテーションのもとに行われます。
このシリーズが伝えたいこと
「Families In Transition」シリーズは、こうした海外の知見と、日本での実践を、もっと多くの親に届けたいという思いから始まりました。本記事を含む全12回で、離婚を考える親が知っておくべき心理学的な視点を、体系的に解説していきます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 弁護士が心理学の話をするのは珍しいと思いますが、なぜですか?
離婚は、法律だけで解決できる問題ではないからです。法律で守れるのは「権利」だけ。子どもの心は、法律の外側にあります。私たちは多くのご家族と向き合うなかで、法的に「完璧」な手続きを踏んだ親御さんが、その後子どもの心の問題で深く悩まれる場面を、何度も見てきました。法律の専門家だからこそ、その限界をお伝えし、心理学的な視点と組み合わせる必要があると考えています。
Q2. 共同親権は、すべての家庭で選んだほうがいいのでしょうか?
いいえ、必ずしもそうではありません。改正民法も、すべての離婚で共同親権を強制するものではなく、家庭の状況に応じて単独親権を選ぶことができます。特にDVや虐待がある場合は、安全が最優先です。共同親権を選ぶには、親同士が一定のコミュニケーションを保てる関係性が前提となります。「形式的に共同にすればよい」というものではなく、家庭ごとに丁寧に検討すべき選択です。
Q3. 離婚を考えていますが、子どもへの影響が心配です。何から始めればいいですか?
まず、「離婚するかどうか」と「どう離婚するか」を分けて考えてみてください。研究が示す通り、子どもに本当に影響するのは「離婚という事実」ではなく「親同士の対立の質」です。離婚を選ぶにせよ、別の選択をするにせよ、いまの家庭の中の対立をどう減らせるかという視点が、子どものために最も大切です。このシリーズの続きや、概要欄の「離婚の問診票」も、ご参考になさってください。
まとめ:「正しい離婚」とは、何か
ここまでをまとめます。
- 2026年4月、改正民法で共同親権が導入され、親の選択肢が広がりました。同時に、決めなければならないことも増えました。
- 30年の研究が示すのは、「離婚そのもの」より「親同士の対立」が、子どもを傷つけるという事実です。
- 海外には、こうした対立を減らし、子どもを守るための実証された親教育プログラムがあり、日本でも実用フェーズに入っています。
「正しい離婚」というものがあるとすれば、それは「離婚するかどうか」の正しさではなく、「子どもをどう守るか」の正しさだと、私たちは考えています。
このシリーズで、その答えを一緒に考えていきましょう。
参考文献・出典
- Wallerstein, J. S., & Lewis, J. (2004). The unexpected legacy of divorce: Report of a 25-year study. Psychoanalytic Psychology, 21(3), 353-370.
- Saini, M., et al. (2024). Educating for change: A meta-analysis of education programs for separating and divorcing parents. Family Court Review, 62(1).
- Booth, A., & Amato, P. R. (2001). Parental predivorce relations and offspring postdivorce well-being. Journal of Marriage and Family, 63(1), 197-212.
- 福丸由佳『離婚を経験する親子を支える心理教育プログラム FAIT ―ファイト―』金子書房.
- FAIT-Japan 公式サイト:http://fait-japan.com/
- 法務省「民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)について」〔令和8年4月1日施行〕:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00357.html
- 児童の権利に関する条約 第9条(外務省):https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html
次回の記事
このシリーズは全12回で、離婚と子どもの心理学を体系的に解説します。
次回は、「【30年の研究が示す本当の答え】離婚そのものより、何が子どもを傷つけるのか」。
Booth & Amato の12年追跡研究、Cummings & Davies の認知モデル、5つの離婚プロセス類型(DPCATTモデル)を通じて、子どもの心の中で何が起きているのかを、さらに深く掘り下げます。
YouTubeでも解説しています
この記事の内容は、YouTubeチャンネル「Families In Transition」でも、弁護士・佐々木裕介と聞き手・ふたばによる対話形式で解説しています。記事と動画を併せてご覧いただくと、より理解が深まります。
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