「お父さんと、お母さん、どっちが好き?」――その何気ない一言が、子どもの心を二つに引き裂くことを、ご存じでしょうか。
子どもの心の中で実際に何が起きているのか。海外の家族心理学では、その現象を「忠誠葛藤(Loyalty Conflict)」と呼びます。FAIT(Families In Transition)プログラムの中核概念であり、Buchanan, Maccoby, Dornbusch らの研究によって、子どもの予後を決定的に左右する要因として確立されてきました。
この記事では、法務省認証ADR機関である株式会社チャイルドサポートが、弁護士・佐々木裕介監修のもと、忠誠葛藤の正体、親が無意識に子を巻き込む3つのパターン、そして今日から避けるべき5つの言動を、具体的にお伝えします。
なぜ「忠誠葛藤」という視点が必要なのか
シリーズ前回の記事「子どもが見せる10のサイン」では、子どもが見せる外的な兆候を扱いました。
しかし、サインは「結果」です。その背景にある「子の心の内側で何が起きているのか」を理解しないと、根本的な対応はできません。
子どもにとって、両親は世界の中心です。両親を同じくらい愛し、両方から愛されたい――これは、何より自然な、生物としての願いです。ところが、その両親が対立している時、子どもは「どちらかを選ばなければならない」という、本来子どもが背負うべきでない選択を迫られます。
この「選べない選択」の苦しみが、忠誠葛藤です。
ポイント1:忠誠葛藤(Loyalty Conflict)の正体
Buchanan, Maccoby, Dornbusch(1991)の研究
家族心理学において、忠誠葛藤の概念を確立したのは、スタンフォード大学の Christy Buchanan、Eleanor Maccoby、Sanford Dornbusch による1991年の論文「Caught between parents: Adolescents’ experience in divorced homes」です。
彼らは離婚を経験した10歳から18歳の青年522人を追跡し、「両親の間に挟まれている感覚(feeling caught in the middle)」が、青年の心理的適応に与える影響を分析しました。
研究で明らかになったのは、衝撃的な事実でした。
「板挟みになる感覚」こそが、親同士の対立が子に与えるダメージの最大の経路だったのです。親の対立そのものは、それ単独では子の適応にそれほど強く影響しません。対立が子の「板挟みになる感覚」を生み、その感覚が抑うつ、不安、行動問題を引き起こしていたのです。
子の心の中で起きていること
両方の親を愛したい子どもにとって、両親が対立している状態は、心の中で「自分が分断される」体験です。
- お父さんを大切に思うと、お母さんを裏切ることになるのでは
- お母さんを大切に思うと、お父さんを裏切ることになるのでは
- どちらを選んでも、もう片方を傷つける
- だから、何も選べない/どちらにも本当の気持ちを言えない
この苦しみは、子ども自身が説明することができないほど深く、無意識のレベルで進行します。だからこそ、親が「子は何も言わないから大丈夫」と思っていても、子の心では深い傷が広がっていることがあります。
事例:両方の親の前で、別の自分を演じていたEちゃん
ここで、ある親子の話を紹介します(複数のご相談を組み合わせたフィクションですが、似た状況のご家庭は本当に多いのです)。
Eちゃん(9歳・小学3年生)は、離婚後も両親と面会を続けていました。
お父さんの家では、お父さんが言う「お母さんはダメな人」という話に、調子を合わせるように「お母さんはダメな人」と話していました。お母さんの家では、お母さんが言う「お父さんは嫌な人」という話に、合わせるように「お父さんなんて嫌い」と話していました。
ある日、Eちゃんはお母さんの前でつい「お父さんね……」と口にしてしまいました。お母さんの悲しそうな顔を見たEちゃんは、その夜、自室で吐いてしまったそうです。
Eちゃんは、両方の親を裏切りたくないために、両方の親に合わせて演じ続けていました。気づかぬうちに、自分を引き裂いていたのです。
子どもは、両親への愛のために、自分の心を犠牲にすることができてしまいます。これが、忠誠葛藤の最も深い悲しみです。
ポイント2:三角関係化(Triangulation)の3パターン
なぜEちゃんはこうなってしまったのか。背景には「三角関係化(Triangulation)」という構図があります。
本来、夫婦の対立は二者の間の問題です。しかし、その対立に子を引き込んでしまうと、二者関係が三者関係になり、子は心理的負担を背負わされます。
①メッセンジャー化
「お父さんに『今週末は無理』って言っといて」――事務的な連絡を子に運ばせるパターンです。最も気づきにくく、悪意なく行われやすい三角関係化です。
子は、親同士の感情を直接運ぶ運び手になります。事務的な伝言であっても、子はそれを「親同士の対立を私が背負っている」と感じます。
②同盟形成
「お父さんって、ひどいよね?」――片方の親が、子を「自分の味方」に引き入れようとするパターンです。
子は、もう一方の親を否定することを強いられます。心の中では両方の親を愛しているのに、その気持ちを表すことが許されない状況に追い込まれます。
③情報収集役
「お父さん、今どんな様子?」――子を通じて、もう一方の親の生活情報を集めようとするパターンです。
子は無意識のうちに「スパイ役」を担わされ、両親の間で板挟みになります。情報を伝えればもう片方を裏切る感覚、伝えなければ目の前の親を裏切る感覚――両方の罪悪感が積み重なります。
詳しくは別記事「子どもを『伝言役』にしないために — 言ってはいけない3つのこと」もご覧ください。
ポイント3:親が避けるべき、5つのNG言動
ここからは、今日からすぐに止められる、5つの具体的な言動をお伝えします。多くの親が、悪意なく口にしてしまう言葉です。
01. 「お父さんに伝えておいて」
→ 子が伝言役・板挟みになります。親同士で直接アプリやメールで連絡してください。
02. 「どっちと住みたい?」
→ 選択を強いることが、子には暴力性を持ちます。住居や交流の頻度は、親同士で決める大人の責任です。
03. 「お父さんって本当にひどい人」
→ 子の半分を否定することになります。子は両親から半分ずつ自分が形成されていることを、本能的に理解しているからです。
04. 「お父さん、今どんな様子?」
→ 子をスパイ役にしてしまいます。相手の様子を知りたい時は、共同養育アプリなどで直接確認しましょう。
05. 「あなただけが頼り」
→ 親化を誘発し、子の子ども時代を奪います。親が抱えるべき感情負担を、子に肩代わりさせてはいけません。
これらの言動の多くは、親自身が傷ついている時、感情的になっている時に出やすいものです。だからこそ、自分を責めるのではなく、「次から止める」という視点で取り組んでください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 気をつけても、子どもは色々察してしまうものですよね。親はどこまで気をつければよいですか?
完璧を目指さなくて大丈夫です。意識しているだけで、子への影響は大きく変わります。特に意識したい3つの場面は、①子の前で配偶者の話をするとき、②子を介して連絡しようとするとき、③感情的になった瞬間です。この3つだけ、深呼吸して「一拍置く」ことで、十分に変わります。
Q2. 離婚していない夫婦でも、忠誠葛藤は起きるのですか?
はい、起きます。Buchanan らの研究は離婚家庭が対象でしたが、Cummings らの研究は離婚していない家庭でも、親同士の対立が長期化すると同じメカニズムが働くことを示しています。重要なのは婚姻状態ではなく、家庭内の対立の質です。
Q3. もう子どもを巻き込んでしまった気がします。やり直せますか?
やり直せます。子どもは、親が変わろうとする姿を敏感に感じ取ります。「これまでお父さんの悪口を言ってしまっていたね。ごめんね、もうしない」と素直に伝えるだけで、子どもは安心します。完璧な親はいません。学ぼうとする姿そのものに、意味があります。
まとめ:『これは、子のため?それとも、自分のため?』
ここまでをまとめます。
- 忠誠葛藤とは、両方の親を愛したい子の心が、対立する両親の間で引き裂かれる苦しみです。
- 三角関係化には3つのパターンがあります:メッセンジャー化/同盟形成/情報収集役。
- 親が今日から避けるべき5つの言動を意識するだけで、子の心は大きく守られます。
迷ったときの羅針盤として、「これは、子のため? それとも、自分のため?」――この問いを、ぜひ覚えておいてください。
参考文献・出典
- Buchanan, C. M., Maccoby, E. E., & Dornbusch, S. M. (1991). Caught between parents: Adolescents’ experience in divorced homes. Child Development, 62(5), 1008-1029.
- Buchanan, C. M., Maccoby, E. E., & Dornbusch, S. M. (1996). Adolescents after divorce. Harvard University Press.
- Bowen, M. (1978). Family therapy in clinical practice. Jason Aronson.(三角関係化概念の古典)
- Afifi, T. D., & Schrodt, P. (2003). Feeling caught as a mediator of co-parental communication and young adults’ mental health and family satisfaction. Western Journal of Communication, 67(2), 175-202.
次回の記事
次回は、「高葛藤離婚の正体 — 自分が当てはまっていないか」。
シリーズ第二部のスタートとして、視点を「子の理解」から「親自身の自己認識」へ転換します。高葛藤離婚(HCD)の正体と、責めるためではなく気づくための5つの自己診断をお届けします。
YouTubeでも解説しています
この記事の内容は、YouTubeチャンネル「Families In Transition」でも、弁護士・佐々木裕介と聞き手・ふたばによる対話形式で解説しています。記事と動画を併せてご覧いただくと、より理解が深まります。
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