「共同親権が導入されたら、DVをする相手とも一生関わり続けなければいけないの?」
2026年4月の改正民法施行をめぐって、もっとも多く寄せられる不安がこれです。SNSでは「DVがあっても共同親権を強制される」という情報も流れていますが、これは正確ではありません。
結論から言います。改正民法は、虐待やDVのおそれがある場合、裁判所は単独親権を定めなければならないと条文に明記しています。
この記事では、離婚・DV事案を扱う弁護士・佐々木裕介が、DV・モラハラがある場合の親権の扱い、避難のルール、そして身を守るために今できることを解説します。
この記事でわかること
- DV・虐待がある場合に共同親権になるのか(条文の正確な内容)
- 「おそれ」とはどの程度を指すのか、モラハラは含まれるのか
- 共同親権が決まった後にDVが判明した場合の変更
- 子どもを連れて避難・転居することは違法になるのか
- 今からできる準備と相談先
結論——DV・虐待のおそれがあれば、裁判所は単独親権を定めなければならない
改正民法819条7項は、父母の合意ができず裁判所が親権者を定める場合について、次のいずれかにあたるときは、父母の一方を親権者と定めなければならない(=共同親権とすることができない)と規定しています。
- 父母の一方が、子に対して虐待その他の子の心身に有害な影響を及ぼす言動をするおそれがあるとき
- 父母の一方が、他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無、協議が調わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき
これは裁判所の裁量で緩められる「配慮規定」ではなく、義務的な規定です。子どもへの虐待のおそれがあるケース、配偶者へのDVのおそれがあり共同での親権行使が困難なケースでは、共同親権は定められません。
「おそれ」で足りる——現在進行形の暴力は必要ない
条文が「おそれ」という言葉を使っている点は重要です。現に暴力が続いていることまでは必要なく、過去の経緯や現在の状況から、今後そうした言動を受ける危険性が認められれば足りるという枠組みです。
モラハラ・精神的DVも対象になる
条文は「身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動」と定めており、殴る蹴るといった身体的暴力に限定していません。精神的DV(モラハラ)、経済的DV、性的DVなども「心身に有害な影響を及ぼす言動」に含まれ得ます。
もっとも、身体的暴力に比べて外形的な証拠が残りにくいのも事実です。後述する「記録を残す」ことが、あなたと子どもを守る力になります。
「協議離婚」の場面こそ注意——合意を強要されないために
裁判所が判断する場面では上記のルールが働きます。実務家として心配しているのは、むしろ協議離婚の場面です。
協議離婚では父母の「合意」で共同親権を選べるため、force(力関係)が対等でない夫婦では、本当は望んでいないのに共同親権への合意を迫られるリスクがあります。「共同親権にしないと離婚しない」「養育費を払わない」といった圧力は、その典型です。
覚えておいてください。
- 共同親権への合意を強要される法的義務はどこにもありません
- 協議がまとまらなければ、調停・裁判で裁判所が判断します。そこではDVのおそれが考慮され、上記の義務的単独親権のルールが働きます
- 強要や暴力の下でされた親権の定めは、後の親権者変更の判断でも考慮されます(協議の経過として、暴力等の有無が明文の考慮要素になっています)
相手と対等に話し合える状況にないと感じたら、一人で協議を続けないでください。代理人(弁護士)を立てる、調停に切り替えるなど、あなたの安全を確保できる手続を選ぶことが先です。
子どもを連れて避難していい——「急迫の事情」のルール
「勝手に子どもを連れて家を出たら、違法な連れ去りだと言われるのでは」という不安もよく聞きます。
改正民法は、共同親権の場合でも「子の利益のため急迫の事情があるとき」は、一方の親が単独で親権を行使できると定めています。そして、立法過程・解説において、DVや虐待からの避難(転居を含む)はこの「急迫の事情」の典型例とされています。
つまり、DV・虐待から身を守るために子どもを連れて避難することは、相手の同意なく行うことができます。避難先での医療や、状況によっては就学の手続なども、急迫の事情の枠組みで単独で行い得ます(詳しくは急迫の事情・監護の分掌の解説記事)。
ただし、避難の正当性が後から争われる場合に備えて、避難に至った事情の記録(後述)を残しておくことが重要です。
すでに共同親権にしてしまった場合——変更の申立てができる
「離婚時にはDVと認識していなかった」「合意してしまったが、その後も支配的な言動が続いている」という場合、家庭裁判所に親権者変更(共同親権→単独親権)を申し立てることができます(改正民法819条6項)。
変更の判断では、離婚時の協議の経過(暴力等の有無)とその後の事情が考慮されます。共同親権下での相手の言動——決定への非協力、連絡を利用した支配・干渉なども、変更を基礎づける事情になり得ます。
今からできる準備——記録がすべての土台になる
DV・モラハラ事案では、証拠の有無が親権・保護命令・慰謝料のすべてに関わります。安全を最優先にしつつ、可能な範囲で次を残してください。
- 医療記録:受診歴、診断書、けがの写真
- 言動の記録:日時・場所・内容をメモした日記、LINE・メールのスクリーンショット、録音
- 相談の記録:配偶者暴力相談支援センター、警察、自治体窓口への相談歴(相談自体が記録になります)
- お金の記録:生活費を渡さない等の経済的DVは、通帳・家計の記録で示せることがあります
そして、公的な相談窓口を早めに使ってください。
- DV相談ナビ「#8008」(最寄りの配偶者暴力相談支援センターにつながります)
- DV相談+(プラス)0120-279-889(24時間・チャット対応あり)
- 身の危険が迫っているときは110番
あわせて知っておきたい法的な保護制度
親権のルールと並行して、身を守るための制度も確認しておいてください。
保護命令(配偶者暴力防止法)
身体への暴力や生命等に対する脅迫がある場合、裁判所に申し立てることで、接近禁止命令・退去命令等を出してもらえる制度です。2024年の法改正で、自由・名誉・財産に対する脅迫や、精神的被害のケースにも対象が広がり、電話・メール等の禁止命令も強化されています。違反には刑事罰があります。
住民票の閲覧制限(支援措置)
避難後の住所を加害者に知られないよう、住民票・戸籍の附票の交付を制限する制度です。市区町村の窓口で、警察・支援センターへの相談を経て申し出ます。
裁判手続での住所秘匿
調停・訴訟でも、住所等を相手に知られないようにする運用(非開示の希望申出等)があります。手続開始前に必ず裁判所・代理人に相談してください。
相談から離婚成立までのロードマップ(DV事案の場合)
- 安全確保:危険が迫っていれば110番。避難先の確保(実家・シェルター等)と、住民票の支援措置
- 記録と相談:#8008等での相談(記録化)、診断書・日記・スクリーンショットの保全
- 弁護士に依頼:以後の連絡窓口を弁護士に一本化。婚姻費用(別居中の生活費)の請求もこの段階で
- 離婚手続の選択:DV事案では当事者同士の協議は避け、代理人交渉または調停へ。必要に応じて保護命令
- 離婚条件の確定:親権(単独親権)、養育費(先取特権を見据えた書面化)、面会交流の制限・条件、財産分与、年金分割
- 離婚後の安全設計:学校・保育園との情報共有、行政の各種支援(ひとり親支援・補助金)の活用
このロードマップのすべてを一人で進める必要はありません。順番を間違えないこと——まず安全、次に記録、それから手続——だけ覚えておいてください。
弁護士への相談をためらわないでください
DV・モラハラが関わる離婚は、当事者同士の話し合い(協議・ADR)に適さないケースが多く、代理人となる弁護士を立てて進めるべき類型です。弁護士が窓口になれば、相手と直接やり取りせずに離婚条件の交渉ができ、必要に応じて保護命令などの法的手段も検討できます。
費用が不安な場合は、法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助(無料相談・費用立替)が利用できる場合があります。
【ご案内】
チャイルドサポートでも、DV・モラハラの事情があるケースについては、中立型のADRではなく弁護士による法律相談(初回5,500円/30分・オンライン対応)をご案内しています。「これはDVにあたるのか」「どの手続を選ぶべきか」の整理からで構いません。
▶ お問い合わせはこちら(お問い合わせ内容に「弁護士相談希望」とご記入ください)
よくある質問(FAQ)
Q1. 相手は外面が良く、周囲はDVを信じてくれません。それでも単独親権は認められますか?
A. 裁判所は世間の評判ではなく、提出された資料と調査に基づいて判断します。日記・録音・相談記録などの積み重ねが力になります。証拠の集め方・出し方は弁護士に相談してください。
Q2. 子どもの前での夫婦喧嘩や暴言も考慮されますか?
A. 子どもの面前でのDV(面前DV)は、子どもの心身に有害な影響を及ぼす言動として、児童虐待にあたり得るものです。親権の判断でも考慮され得ます。
Q3. DVを理由に単独親権になった場合、相手と子どもの面会はどうなりますか?
A. 親権と親子交流は別に判断されます。子の安全・安心が最優先であり、事案によっては交流を制限する、第三者機関を介した間接的な交流にする、実施しないなどの判断があり得ます。
Q4. 避難したら住所を知られてしまいませんか?
A. 住民票の閲覧制限(支援措置)など、住所を秘匿するための制度があります。避難前に自治体・警察・支援センターに相談し、手続を確認してください。裁判所の手続でも住所秘匿の運用があります。
Q5. 相手が「親権者変更の調停」を繰り返し申し立てて、手続で消耗させられています。
A. 手続を利用した嫌がらせ(リーガル・アビューズ)は、DV・モラハラの延長として近年問題視されています。代理人を立てて対応の窓口を一本化し、過去の経緯を裁判所に的確に示すことが消耗を減らす鍵です。理由のない再申立ては、裁判所の判断でも考慮され得ます。
Q6. 経済的に余裕がなく、弁護士費用が払えません。
A. 法テラスの民事法律扶助(収入等の要件あり)を使えば、無料法律相談や弁護士費用の立替えが受けられます。また、DV被害者向けの法律相談を無料で行う自治体・弁護士会もあります。「お金がないから動けない」と諦める前に、まず#8008や自治体窓口で使える支援を確認してください。
Q7. 「共同親権にしないなら養育費を払わない」と言われています。
A. 養育費と親権は取引の材料ではありません。2026年4月以後の離婚であれば、取り決めがなくても法定養育費(子1人月2万円)を請求でき、先取特権による差押えの制度もあります。脅しに応じて不本意な合意をする必要はありません。
まとめ
- DV・虐待のおそれがある場合、裁判所は単独親権を定めなければならない——条文に明記されている
- 「おそれ」で足り、モラハラ等の精神的DVも対象になり得る
- DV・虐待からの避難(子連れの転居を含む)は「急迫の事情」として単独でできる
- 協議の場で共同親権を強要される法的義務はない。対等に話せないなら、弁護士・調停へ
- 記録を残し、公的窓口(#8008/DV相談+)を早めに使う
あなたと子どもの安全より優先されるものはありません。この記事が、正確な知識という盾になれば幸いです。
執筆・監修:弁護士 佐々木裕介(株式会社チャイルドサポート)
典拠:民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)/東京改正家族法研究会「改正家族法の要点と解説Ⅰ」家庭の法と裁判58号

