「共同親権にしたら、子どもの病院も習い事も、毎回元配偶者の同意が必要になるの?」
2026年4月施行の改正民法で共同親権が導入され、この種の質問が急増しています。答えを先に言うと、なりません。改正民法は、共同親権を選んでも日常生活が回るように、複数の「運用ルール」をセットで用意しています。
そのキーワードが、「日常の行為」「急迫の事情」「監護者の定め」「監護の分掌」「親権行使者の指定」の5つです。
この記事では、離婚・親権問題を専門とする弁護士・佐々木裕介が、この5つのルールを具体例つきで解説します。共同親権を検討している方はもちろん、すでに共同親権で運用を始めた方にも役立つ内容です。
この記事でわかること
- 共同親権で「単独でできること」「2人で決めること」の線引き
- 「急迫の事情」とは何か(避難・緊急医療・入学手続)
- 監護者を定めるとどうなるか(単独決定権と優先ルール)
- 「監護の分掌」という新しい設計オプション
- 意見が対立したときの最終手段「親権行使者の指定」
大原則——共同親権=「重要なことは共同、日常は単独」
改正民法における共同親権の基本構造はこうです。
原則:親権は父母が共同して行う(重要事項は双方の合意で決める)
例外1:監護及び教育に関する日常の行為は、単独でできる
例外2:子の利益のため急迫の事情があるときは、単独でできる
例外3:監護者と定められた親は、監護・教育の範囲で単独でできる
つまり「すべて共同」ではなく、共同で決めるのは進学先の決定、重大な医療、居所の変更といった子どもの人生に関わる重要事項に絞られています。
「日常の行為」の具体例
- 毎日の食事・衣服・生活習慣に関すること
- 学校行事への参加、日々の宿題や学用品の準備
- 軽い病気・けがの通院、予防接種などの日常的な医療
- 習い事の開始・変更(高額・長期契約となるものを除く)
こうした行為は、子どもと暮らす親がいちいち他方の同意を取らずに行えます。「共同親権にしたら生活が止まる」という心配は、制度の建て付け上は当たりません。
「急迫の事情」とは——協議を待てないときの単独行使
定義
「子の利益のため急迫の事情があるとき」とは、父母の協議や家庭裁判所の手続を経ていては適時に親権を行使することができず、その結果として子の利益を害するおそれがあるような場合をいいます。
ポイントは、「今この瞬間の危機」だけでなく、協議や裁判所の手続にかかる時間を待っていたら子の利益が損なわれる場面を広く含むことです。
典型例
- DV・虐待からの避難(転居を含む):加害親の同意を取ってから逃げることは不可能です。避難は急迫の事情の典型例とされています(詳しくはDVがある場合の親権の解説記事)
- 緊急の医療:事故や急病で、他方の親と連絡が取れないまま手術等の同意が必要な場合
- 期限のある手続:たとえば入学手続(在学契約の締結)のように回答期限が迫っており、協議も裁判所の手続(親権行使者の指定の申立て)も間に合わない場合
注意したいのは、急迫の事情は「他方に相談するのが面倒だから」を正当化するものではないことです。単独で行使した後に正当性が争われる可能性はあるため、なぜ協議できなかったのか(連絡したが返答がなかった、期限が迫っていた等)の記録を残しておくことをおすすめします。
「監護者の定め」——決めておくと日常が最も安定する
共同親権を選ぶ場合、あわせて監護者(主として子どもの監護をする親)を定めることができます。監護者を定めると、運用は大きく安定します。
改正民法824条の3により、監護者は次の権限を持ちます。
- 監護・教育(民法820条〜823条の事項)について、親権者と同一の権利義務を持ち、単独で行える
- 監護者でない親権者は、監護者の監護・教育を妨げてはならない
- 監護・教育の範囲で意見が対立した場合、監護者の意向が優先する
法務省の解説では、転校(就学校変更)の手続なども監護者が単独で行えると整理されています。つまり、監護者を定めた共同親権は、「日常と監護は監護者が回し、進学・重大医療などの重要事項は共同で決める」という役割分担になります。
一方で、改正法のもとでは、監護者を定めない共同親権もあり得ます。この場合は日常の行為・急迫の事情の枠組みだけで運用することになるため、父母間の協力関係がより強く求められます。どちらの設計が合うかは、ご家庭の実情次第です。
「監護の分掌」——新設された柔軟な分担オプション
改正民法766条1項は、監護者の定めのほかに、監護の分掌——監護・教育に関する事項の分担——を父母の協議で定められることを明確化しました。
たとえば、こんな設計が可能です。
- 日常の監護は母、教育に関する事項(学校選択・塾・進路)は父が担当する
- 平日の監護は母、長期休暇中の監護は父が担う
- 医療に関する決定は、医療職である父が窓口になる
家庭ごとの実情——父母の得意分野、勤務形態、子どもとの関わりの歴史——に合わせて、オーダーメイドの分担を設計できるのが分掌の魅力です。
ただし、分掌は線引きが曖昧だと逆に紛争のもとになります。「教育に関する事項」とはどこまでか(入学契約の締結者は誰か、費用は誰が払うか)まで具体的に書き込んだ取り決めにすることが、実務上は決定的に重要です。
「親権行使者の指定」——意見対立の最終解決手段
共同親権で、特定の事項(例:私立か公立か、手術を受けるか)について父母の意見がどうしても一致しない場合はどうなるのか。
改正法は、このための手続として親権行使者の指定を新設しました。父母の協議が調わないときは、家庭裁判所に申し立て、その特定の事項について、どちらが親権を行使するかを裁判所が指定します。
重要なのは、裁判所は「私立と公立のどちらが正しいか」という選択の中身の優劣を直接判断するのではなく、その事項についてどちらの親に決めさせるのが子の利益にかなうかを判断する、という構造です。
とはいえ、重要事項のたびに裁判所を使うのは現実的ではありません。この手続は「最終手段」であり、日頃の連絡ルールと、対立時の話し合いの手順(期限・方法・第三者の関与)をあらかじめ取り決めておくことが、共同親権を機能させる本体です。
5つのルールの関係——1枚で整理
| 場面 | 誰が決める? | 根拠 |
|---|---|---|
| 日常の世話・軽い医療・日々の教育 | 監護する親が単独で | 日常の行為 |
| DV避難・緊急手術・期限切迫の手続 | 一方が単独で | 急迫の事情 |
| 監護・教育全般(監護者を定めた場合) | 監護者が単独で(意見対立時も監護者優先) | 監護者の定め(824条の3) |
| 分担を決めた事項 | 分担を受けた親が | 監護の分掌(766条1項) |
| 上記以外の重要事項(進学・重大医療・居所等) | 父母共同。対立したら家裁が行使者を指定 | 共同行使の原則/親権行使者の指定 |
【ご案内】この「設計」、夫婦だけで作れますか?
急迫の事情や監護の分掌のルールは、取り決めの書き方ひとつで「機能する共同親権」にも「紛争の火種」にもなります。何を共同にし、何を分掌し、対立時にどう解決するか——この設計こそ、専門家の使いどころです。
チャイルドサポートは法務省認証のADR機関(かいけつサポート認証番号第184号)として、中立の立場で監護・親権・養育費・親子交流の取り決め全体の合意形成を支援し、公正証書の作成まで59,800円(税込)で伴走します。オンライン完結・全国対応です。
▶ 共同親権の取り決め設計を専門家と進める(ADR・相談無料)
養育費部分の合意は、電子署名で強制執行を見据えた合意書を作れるチャイルドサポートサイン(作成無料)もご利用いただけます。
場面別ミニ判定——これは単独でできる?
実際の相談で頻出する場面を、考え方とあわせて整理します(監護者を定めている共同親権を想定。最終判断は個別事情によります)。
「子どもがインフルエンザ。かかりつけ医を受診させたい」
→ 日常的な医療は「日常の行為」。監護する親が単独で可能です。
「全身麻酔を伴う手術が必要と言われた」
→ 重大な医療は共同決定が原則。ただし緊急性が高く他方と連絡が取れなければ「急迫の事情」として単独で同意し得ます。経過の記録を残しましょう。
「進学塾の夏期講習(数万円)に申し込みたい」
→ 日常の行為の範囲と考えられることが多い一方、高額・長期の教育契約は重要事項に近づきます。金額の目安を取り決めておくと迷いません。
「私立中学の入学手続の期限が3日後。相手が返事をくれない」
→ 本来は共同決定事項ですが、協議も裁判所の手続も間に合わない場合、「急迫の事情」による単独行使があり得る場面です。連絡した記録(日時・内容)を必ず残してください。
「転勤で子どもと一緒に県外へ引っ越したい」
→ 子の居所の変更は典型的な重要事項で、共同決定が原則です(DV等からの避難は別。急迫の事情にあたります)。事前の協議を尽くし、調わなければ親権行使者の指定等の手続を検討します。
取り決め条項に落とし込むときのコツ
上記のようなグレーゾーンを減らすのが、取り決めの役割です。条項化のコツは3つあります。
- 金額と期間で線を引く:「1件○万円以上の契約、○か月以上継続する契約は事前協議」のように数値化する
- 連絡と返答のルールを決める:「LINEで通知し、7日以内に異議がなければ同意とみなす」など、無応答で止まらない仕組みにする
- 解決手順を書いておく:「協議が調わないときはADR/調停を利用する」と明記し、対立が子どもへの実力行使に向かわない導線を作る
よくある質問(FAQ)
Q1. 「日常の行為」か「重要事項」か迷うグレーゾーンはどう考えればいいですか?
A. 子どもの生活・将来への影響の大きさと、後から取り返しがつくかどうかが目安です。迷う場合は事前に一報を入れておくのが、法的にも関係維持の面でも安全です。取り決めの中で「事前協議が必要な事項リスト」を作っておくと、迷い自体を減らせます。
Q2. 相手が「急迫の事情だ」と言って勝手に子どもを転校させました。争えますか?
A. 急迫の事情にあたるかは事後的に争うことができます。また、監護・教育に関する処分を家庭裁判所に申し立てることも可能です。もっとも、DV等からの避難に伴うものである場合は正当と判断され得ます。個別の事情によるため、弁護士にご相談ください。
Q3. 監護者を定めると、もう一方の親権者は何も決められないのですか?
A. そうではありません。監護・教育以外の親権の事項(財産管理や、居所指定・重大事項の共同決定など)には引き続き関与します。また、監護者の監護が子の利益に反する場合には、監護者の変更等を裁判所に求めることができます。
Q4. 監護の分掌は離婚後でも取り決められますか?
A. 可能です。子の監護に関する事項は、離婚後も父母の協議や家庭裁判所の手続で定め直すことができます。運用してみて不具合が出た部分を調整していく、という進め方も現実的です。
Q5. 単独親権の場合、この記事のルールは関係ありますか?
A. 単独親権では親権者が単独で決定するため、共同行使の問題は生じません。ただし、別居中(離婚前)の夫婦は共同親権の状態にあるため、「急迫の事情」などのルールは離婚前の別居場面でも意味を持ちます。
まとめ
- 共同親権は「すべて2人で決める」制度ではない。日常の行為・急迫の事情は単独でできる
- 急迫の事情=協議や裁判所を待っていては子の利益を害する場面。DV避難・緊急医療が典型
- 監護者を定めれば、監護・教育は単独決定でき、意見対立時も監護者優先
- 監護の分掌で家庭に合わせた分担設計ができるが、線引きの明確さが命
- 対立の最終手段として親権行使者の指定があるが、頼るのは例外。日頃の決定ルールの設計が本体
▶ 「機能する共同親権」の取り決めを、中立の専門家と設計する(ADR)
執筆・監修:弁護士 佐々木裕介(株式会社チャイルドサポート)
典拠:民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)/東京改正家族法研究会「改正家族法の要点と解説Ⅰ 第3章・第4章」家庭の法と裁判58号/法務省Q&A形式の解説資料(行政手続・支援編)

