「相手が源泉徴収票を出してくれない」「本当の収入を隠しているとしか思えない」「財産分与の対象になる預金を教えてくれない」
養育費や財産分与の話し合い・調停の現場で、もっとも多い「詰まりポイント」がこれです。相手の収入・財産がわからなければ、適正な金額を計算しようがない——この構造的な問題に、2026年4月施行の改正法は正面から答えを出しました。
それが情報開示命令の新設です。家庭裁判所が当事者に収入・財産の情報開示を命じ、正当な理由なく開示しない場合や虚偽の開示をした場合には10万円以下の過料という制裁が用意されました。
この記事では、離婚・養育費実務を専門とする弁護士・佐々木裕介が、情報開示命令の仕組みと使い方を解説します。
この記事でわかること
- 情報開示命令とは何か、どの手続で使えるのか
- 開示を拒否したらどうなるのか(過料の制裁)
- 従来の手段(調査嘱託・文書提出命令)との違い
- 「取り決める前」と「回収する段階」それぞれの情報収集手段
- 収入不明の相手に、今すぐできること
情報開示命令とは——裁判所が「見せなさい」と命じる制度
情報開示命令とは、家庭裁判所が、養育費・婚姻費用・財産分与などの手続において、当事者に対し、収入や財産の状況に関する情報の開示を命じることができる制度です(改正家事事件手続法152条の2等)。
使える手続の範囲
情報開示命令は、次の手続で利用できます。
- 養育費・婚姻費用の分担に関する審判・調停
- 財産分与に関する審判・調停
- 離婚調停(上記の事項を含む場合)
- 離婚訴訟(人事訴訟)における子の監護費用・財産分与の裁判(改正人事訴訟法34条の3)
つまり、「養育費をいくらにするか」「財産をどう分けるか」を裁判所で決める場面全般で、相手の経済状況を明らかにさせる手段が使えるようになりました。
開示の対象
開示の対象は、収入の状況(給与・事業収入など)や財産の状況(預貯金・不動産・有価証券など)です。実務上は、対象を特定した開示だけでなく、包括的に情報開示を命じることも否定されていないと解説されており、「隠している財産があるかもしれない」という場面でも機能し得る設計です。
拒否したらどうなる?——10万円以下の過料
情報開示命令の実効性を支えるのが制裁です。
開示を命じられた当事者が、正当な理由なく情報を開示しない、または虚偽の情報を開示したときは、裁判所は10万円以下の過料に処することができます。
「たった10万円か」と思うかもしれません。しかし実務的には、金額そのものより「裁判所の命令に従わず、制裁を受けた」という事実が重く効きます。不誠実な訴訟態度は、裁判官の心証形成に影響し得ますし、開示しないこと自体が「隠すべき収入・財産がある」ことを推認させる方向に働きます。改正の狙いは、過料の威嚇を背景に、当事者を「開示するのが当たり前」という土俵に乗せることにあります。
従来の手段と何が違うのか
「これまでも調査嘱託などがあったのでは?」という疑問はもっともです。従来の手段と比べたときの情報開示命令の特徴を整理します。
| 情報開示命令(新設) | 調査嘱託・文書送付嘱託 | 文書提出命令 | |
|---|---|---|---|
| 誰に求める | 当事者本人 | 銀行・勤務先など第三者 | 文書の所持者 |
| 制裁 | 過料10万円以下 | なし(任意の協力ベース) | 過料等あり |
| 対象の特定 | 包括的な開示も可能 | 照会先・対象の特定が必要 | 文書の特定が必要 |
| スピード | 簡易・迅速な発令が可能。即時抗告の定めがなく直ちに効力 | 照会先の対応次第 | 審理に時間を要することがある |
従来、金融機関への調査嘱託を使うには「どこの銀行に口座があるか」をこちらが特定する必要があり、守秘義務を理由に回答が得られないこともありました。情報開示命令は、当事者本人に、制裁付きで、包括的に開示させられる点で、隠す側に立ちはだかる壁が一段高くなったといえます。
もちろん、従来の調査嘱託等が廃止されたわけではありません。実務では、まず情報開示命令で本人に開示させ、開示内容の裏付けや不足部分を調査嘱託等で補う、という組み合わせが想定されます。
「取り決める前」と「回収する段階」——2つの場面の情報収集を混同しない
相手の経済状況が問題になる場面は、実は2つあります。
場面1:養育費・財産分与の金額を「決める」とき
この場面で使うのが、今回解説している情報開示命令です。適正な養育費算定の基礎となる収入資料、財産分与の対象財産を明らかにさせます。
場面2:決めた養育費が「支払われない」とき(回収の段階)
すでに取り決めがあるのに支払われない場合は、民事執行の情報収集手段——財産開示手続や第三者からの情報取得手続(銀行口座・勤務先の照会)——を使います。2026年改正では執行手続の「ワンストップ化」も図られ、財産調査から差押えまでを一連で進めやすくなりました。養育費には先取特権が付与されたため、公正証書等がない場合でも差押えを申し立てる道があります。
「相手の収入がわからない」と一口に言っても、どちらの場面かによって使う制度が違う——ここを整理するだけで、次の一手が明確になります。
情報開示命令を使う流れ——申立てから資料活用まで
STEP1:本体の手続を申し立てる
情報開示命令は単独の手続ではなく、養育費・婚姻費用・財産分与などの調停・審判、離婚訴訟の「中で」使う道具です。まず本体の手続を家庭裁判所に申し立てます。
STEP2:開示命令の発令を求める
手続の中で、相手の収入・財産の開示が必要であることを主張し、開示命令の発令を求めます。裁判所が必要と認めれば発令されます。即時抗告の定めがないため、発令されれば直ちに効力が生じます。
STEP3:開示資料を検証する
開示された源泉徴収票・確定申告書・預金残高などを、こちらの手持ち資料(婚姻中の通帳・生活水準の記録)と突き合わせます。矛盾があれば追加開示や調査嘱託で追及します。
STEP4:算定・分与案に反映する
養育費・婚姻費用は、確認できた双方の収入を裁判所の算定表に当てはめて算定します。財産分与は、開示された財産をリスト化し、2分の1ルールを基礎に分与案を組み立てます。
この流れからわかるとおり、情報開示命令は「発令させて終わり」ではなく、開示資料を読み解き、算定・立証につなげる作業とセットで初めて意味を持ちます。開示された数字のどこを疑い、何と突き合わせるか——ここは専門家の関与で結果が変わる部分です。
収入不明の相手に、今すぐできること
ステップ1:まず手元の情報を整理する
婚姻中の源泉徴収票・確定申告書・給与明細・通帳の写しなど、過去の資料も算定の手がかりになります。勤務先・職業・生活ぶりのメモも有用です。
ステップ2:任意の開示を求める
調停・審判の前でも、交渉の中で収入資料の開示を求めるのが第一歩です。改正法により「裁判所に行けば開示命令と過料がある」ことが共通認識になったため、任意開示に応じる動機は以前より強くなっています。
ステップ3:裁判所の手続へ
応じなければ、調停・審判を申し立て、その中で情報開示命令の発令を求めます。
ステップ4(2026年4月以後に取り決めなく離婚した方):法定養育費から始める
適正額の算定に相手の収入資料が必要なのに対し、法定養育費(子1人あたり月2万円)は相手の収入がわからなくても請求できます。まず法定養育費で足元を確保し、並行して情報開示命令を使って適正額の取り決めを進める——これが改正法時代の合理的な戦い方です。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 調停を起こさず、内容証明だけで相手に開示義務を負わせられますか?
A. 情報開示命令は家庭裁判所の手続の中で発令されるものなので、交渉段階では法的な開示義務までは生じません。ただし「応じなければ調停で開示命令を求める」ことを示すこと自体が、任意開示への強い動機づけになります。
Q2. 自営業の相手が所得を少なく申告しています。開示させても意味がないのでは?
A. 情報開示命令は確定申告書に限らず、収入・財産の状況を広く対象にできます。帳簿・取引口座・生活実態などから実収入を主張立証する余地があり、開示された資料の矛盾は突破口になります。このあたりは弁護士の腕の見せどころです。
Q3. 過料を払ってでも開示を拒む相手にはどうしますか?
A. 開示拒否の態度自体が、裁判所の事実認定・裁量判断において不利に働き得ます。また、調査嘱託など他の手段との併用、執行段階での第三者からの情報取得手続など、外堀を埋める手段は複数あります。
Q4. 財産分与の場面でも同じように使えますか?
A. 使えます。財産分与では、請求期間が2年から5年に延長された点、2分の1ルールが明文化された点とあわせて、改正の効果が大きい分野です。詳しくは財産分与の改正解説記事をご覧ください。
Q5. 婚姻費用(別居中の生活費)の請求でも使えますか?
A. 使えます。情報開示命令の対象手続には婚姻費用の分担に関する審判・調停が含まれます。別居直後で相手が収入資料を出さないケースは非常に多く、むしろ婚姻費用の場面こそ活躍が見込まれる制度です。婚姻費用は請求時からしか認められないのが実務の原則なので、別居したら速やかに請求の意思を明確にしておくことも重要です。
Q6. 開示された情報を、手続以外の目的で使ってもいいですか?
A. いけません。手続で得た相手の収入・財産情報をSNSで公開する、周囲に言いふらすといった行為は、プライバシー侵害等の法的責任を問われるおそれがあります。あくまで養育費・財産分与の算定資料として、手続の中で使ってください。
Q7. 自分の収入も開示しなければいけませんか?
A. はい。情報開示命令は双方の当事者に向けられ得ます。養育費は父母双方の収入をもとに算定するため、ご自身の資料も準備しておきましょう。誠実な開示は、裁判所の信頼という意味でもプラスに働きます。
制度ができた今、「開示するのが当たり前」の時代へ
情報開示命令の新設は、単なる手続の追加ではありません。「収入や財産を明らかにしたうえで、公正な金額を決める」ことが法律上のスタンダードになった、という宣言です。これから離婚協議を始める方は、交渉の最初から「お互いの収入資料を出し合って決めましょう」と切り出してください。応じないこと自体が不自然な態度になった——それが2026年改正後の交渉環境です。
まとめ
- 情報開示命令は、家庭裁判所が当事者に収入・財産の開示を命じる新制度(2026年4月施行)
- 養育費・婚姻費用・財産分与の審判・調停、離婚訴訟で使える
- 正当な理由のない不開示・虚偽開示には10万円以下の過料。「隠したもの勝ち」の構造が崩れた
- 「金額を決める場面」は情報開示命令、「回収する場面」は執行手続の情報取得——と場面で使い分ける
- 取り決めなく離婚した場合は、相手の収入がわからなくても法定養育費(月2万円/子)から始められる
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執筆・監修:弁護士 佐々木裕介(株式会社チャイルドサポート)
典拠:民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)/東京改正家族法研究会「改正家族法の要点と解説Ⅲ 第7章 情報開示命令」家庭の法と裁判60号

