事実婚のパートナーには相続権がありません。どれほど長く連れ添っても、備えがなければ、パートナーの死後にその財産は法定相続人(子・親・兄弟姉妹)へ渡り、残された側は住み慣れた自宅を失うことすらあり得ます。結論からいえば、事実婚の相続対策の柱は「遺言」と「生命保険の受取人指定」の2つで、これに補助的な制度を組み合わせて備えるのが実務の定石です。この記事では、事実婚カップルが取るべき相続対策を優先度順に、弁護士監修のもとで解説します。
大前提:事実婚パートナーは法定相続人ではない
民法が定める相続人は、配偶者(法律婚)と、子・直系尊属・兄弟姉妹などの血族です。事実婚のパートナーはどちらにも該当せず、遺産分割協議に参加する資格すらありません。そのため、「何も備えない」という選択は、事実婚では大きなリスクになります。まずこの前提を共有したうえで、対策を見ていきましょう。※事実婚と法律婚の違いの全体像は事実婚と法律婚の違い(相続・税・社会保険で損しないために)をご覧ください。
対策1:遺言(最優先・事実上必須)
遺言があればパートナーに財産を残せる
遺言による「遺贈」を使えば、相続人でないパートナーにも財産を渡せます。事実婚カップルにとって遺言は、法律婚における婚姻届に匹敵する重みを持つ書類といえます。方式は、無効リスクが小さく原本が公証役場に保管される公正証書遺言をおすすめします。自筆証書遺言を使う場合は、法務局の保管制度を利用すると紛失・改ざんの心配が減ります。
公正証書遺言の作り方の要点
公正証書遺言は、おおむね次の流れで作成します。
- ①財産と配分の整理:不動産の登記事項証明書、預貯金・保険の資料を集め、誰に何を渡すかを決めます。遺留分への配慮もこの段階で検討します。
- ②文案の調整:公証役場(または依頼した専門家経由)に文案と資料を渡し、条項を詰めます。パートナーの表記は、住民票やパートナーシップ証明書等で特定できるようにします。
- ③作成当日:証人2名の立会いのもと、公証人が遺言者の意思を確認して作成します。財産を受け取るパートナー(受遺者)やその近親者は証人になれないため(民法974条)、証人は第三者(専門家や公証役場の紹介など)に依頼します。
費用は財産額等に応じた公証人手数料が必要です(金額は公証役場にご確認ください)。「全財産を包括的に遺贈する」形よりも、主要財産を特定して配分し、遺言執行者を定めておくほうが、死後の手続きが円滑になります。
遺言作成時の注意点
- 遺留分に配慮する:亡くなった方に子や親がいる場合、それらの相続人には遺留分(最低限の取り分。民法1042条)があります。「全財産をパートナーに」という内容だと遺留分侵害額請求を受ける可能性が高いため、遺留分を侵害しない配分にするか、侵害が避けられない場合は請求に備えた資金設計をしておきます。
- 自宅の扱いを最優先で決める:残されたパートナーの居住確保は最重要課題です。自宅(またはその持分)を遺贈する、配偶者ではないため法律婚向けの配偶者居住権は使えないことを踏まえて設計する、といった検討が必要です。
- 遺言執行者を指定する:相続人と遺贈を受けるパートナーの間で手続きが対立しやすいため、遺言執行者(専門家でも可)を指定しておくと実現が確実になります。
- お互いに作る:どちらが先に亡くなるかは分かりません。遺言は必ず双方で作成しましょう。
対策2:生命保険の受取人指定
死亡保険金は受取人固有の財産となり、原則として遺産分割や遺留分の対象外です。パートナーを受取人にできれば、遺言より争いに強い形で確実にお金を渡せます。
- 事実婚のパートナーを受取人に指定できるかは保険会社・商品により異なります。近年は、住民票(「未届」記載)や一定期間の同居などを条件に認める会社が増えています。
- 既に加入している保険の受取人が親のままになっているケースは非常に多いため、受取人の確認・変更から始めましょう。
- 保険金にも相続税は課され、事実婚パートナーは法定相続人ではないため、生命保険金の非課税枠(法定相続人向け)の適用がない点には注意が必要です。
実務の進め方:まず加入中の保険会社に「事実婚のパートナーを受取人に指定(変更)できるか」と必要書類を確認します。求められる資料の例としては、住民票(「妻(未届)」等の記載で同一世帯であること)、パートナーシップ合意書(公正証書)や自治体の証明書、一定期間の同居を示す資料などがあります。受取人の変更は契約者からの手続きで行いますが、会社・商品ごとに要件が異なるため、断られた場合も他社商品で対応できることがあります。指定後は、保険証券の受取人欄を必ず確認し、関係の変化(解消・婚姻)があれば速やかに見直しましょう。
対策3:組み合わせて使う補助的な制度
生前贈与
元気なうちに少しずつ財産を移す方法です。贈与税の基礎控除(年間110万円)の範囲内で計画的に行う例が多く見られます。法律婚の配偶者向けの贈与税優遇(居住用不動産の配偶者控除)は使えないため、大きな財産の移転は税負担に注意し、税理士に相談のうえ進めましょう。
死因贈与契約
「自分が死んだらこの財産をあなたに贈与する」という契約です。遺言と似ていますが、契約なので一方的に撤回しにくい性質があり、公正証書で作成しておけば安定した備えになります。
居住の保護:借家・自宅それぞれの備え
- 借家の場合:賃借人が相続人なしに亡くなったとき、同居していた事実上の夫婦は賃借権を承継できる制度があります(借地借家法36条)。ただし相続人がいる場合には別の考慮が必要なため、契約名義の持ち方も含めて確認しておきましょう。
- 持ち家の場合:遺言で自宅を遺贈するのが基本です。共有名義にしておく方法もありますが、亡くなった方の持分は相続の対象になるため、やはり遺言との併用が必要です。
特別縁故者の制度は「最後の頼み」にすぎない
相続人が誰もいない場合、亡くなった方と生計を同じくしていた人などが「特別縁故者」として財産分与を家庭裁判所に申し立てられる制度があります(民法958条の2)。事実婚パートナーが認められた例もありますが、相続人が一人でもいれば使えず、認められるか・いくらになるかも裁判所の裁量次第です。これを当てにせず、遺言で確実に備えるのが原則です。
なぜ「生前の備え」なのか:死別では財産分与が使えない
「別れるときに財産分与ができるなら、死別のときも何とかなるのでは」と考えたくなりますが、ここに事実婚最大の落とし穴があります。裁判所は、事実婚が一方の死亡によって終了した場合には、財産分与の規定を類推適用できないと判断しています(最高裁平成12年3月10日決定)。つまり、生前に解消すれば財産の清算を請求できるのに、死別では財産分与も相続権もない——長く連れ添った関係ほど、この空白の影響は深刻です。
だからこそ、遺言・生命保険・死因贈与といった「生前の備え」だけが死別リスクへの実効的な対策になります。生前解消の場合の清算ルールとあわせて全体像を把握したい方は、事実婚を解消するときの取り決めと公正証書もご覧ください。
税金の注意点:法律婚より重くなる
事実婚パートナーが遺贈などで財産を受け取る場合、相続税の面で法律婚の配偶者より不利になります。
- 配偶者の税額軽減(法律婚のみ)が使えない
- 基礎控除の計算上の法定相続人に数えられない
- 税額が2割加算の対象になる
- 自宅を受け取る場合の小規模宅地等の特例も、原則として親族要件を満たさず使えません
財産規模が大きい場合は、遺言の配分設計と納税資金の確保(生命保険の活用など)をセットで検討する必要があります。具体的な税額は税理士にご確認ください。
あわせて整えたい書面
相続対策と同時に、パートナーシップ合意書(公正証書)で生前の財産関係・医療時の対応を取り決め、必要に応じて任意後見契約や死後事務委任契約(葬儀・入院費精算などの手続きを託す契約)も検討すると、老後から死後までの備えが一貫します。合意書の内容はパートナーシップ合意書に書くべき10項目で解説しています。
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まとめ
事実婚のパートナーには相続権がないため、備えの有無がそのまま老後の安心を左右します。最優先は双方の遺言(公正証書遺言)の作成で、遺留分への配慮と自宅の扱いが設計の要です。これに生命保険の受取人指定を組み合わせ、生前贈与・死因贈与・賃借権の承継などを事情に応じて加えていきます。税負担は法律婚より重くなるため、財産規模によっては税理士も交えた設計が必要です。おふたりの財産と暮らしに合わせた対策は、早めに専門家へご相談ください。
よくある質問
Q. 遺言さえあれば、パートナーに全財産を残せますか?
A. 遺言で全財産を遺贈すること自体は可能ですが、子や親などの相続人には遺留分があり、侵害額の請求を受ける可能性があります。遺留分に配慮した配分か、請求に備えた資金設計をおすすめします。
Q. 事実婚でも遺族年金は受け取れるのに、相続はできないのですか?
A. はい。遺族年金など社会保険の制度は事実婚の配偶者を対象に含みますが、民法上の相続権はありません。制度ごとに「配偶者」の範囲が異なる点が、事実婚の分かりにくさの核心です。
Q. 二人で住んでいる家が彼(彼女)名義です。亡くなったら住み続けられますか?
A. 備えがなければ、家は相続人のものになり、退去を求められるおそれがあります。遺言で自宅(または持分)を遺贈してもらう、死因贈与契約を結ぶなどの備えを最優先で行ってください。
Q. お互いまだ40代です。相続対策は早すぎませんか?
A. 早すぎることはありません。事実婚は法律婚と違い「自動の保障」が一切ないため、年齢にかかわらず遺言と保険受取人の確認だけでも先に済ませておく価値があります。遺言は何度でも書き直せます。
第二東京弁護士会所属/弁護士登録番号 48715/チャイルドサポート法律事務所 代表
家族の法律問題(離婚・養育費・再婚・事実婚・相続)を専門に取り扱う。

