離婚に伴う財産分与において、株式が含まれる場合は特別な配慮が必要です。株式は価格変動が激しく、評価時点や分割方法によって当事者間の利害に大きな影響を与えるからです。近年の投資ブームにより、一般的な家庭でも株式を保有するケースが増えており、離婚時における株式の取り扱いについて正しい知識を持つことは非常に重要です。
本記事では、離婚における株式の財産分与について、対象となる株式の判定基準から具体的な評価・分割方法まで、実務的な観点から詳しく解説します。
1. 株式は財産分与の対象になる?
1-1. 財産分与の基本原則
離婚時の財産分与は、民法第768条に基づき、夫婦が婚姻中に協力して築いた財産を分け合う制度です。株式についても、この基本原則に従って分与対象となるかどうかが判断されます。
財産分与の対象となるのは「夫婦の共有財産(共同財産)」であり、各配偶者の「特有財産」は原則として分与の対象外となります。
1-2. 婚姻中に取得した株式は分与対象
婚姻中に夫婦の一方または双方が購入・取得した株式は、原則として「夫婦の共有財産」として財産分与の対象となります。これは、株式の名義が夫婦の一方の名前になっていても変わりません。
具体的には以下のような株式が分与対象となります:
- 婚姻後に給与やボーナスから購入した上場株式
- 婚姻中に会社の持株会で取得した自社株
- 婚姻中に設立した会社の株式
- 婚姻中にストックオプションで取得した株式
重要なのは「婚姻中に夫婦の協力により取得された財産」という点です。たとえ一方の名義であっても、婚姻中の収入や貯蓄を原資として取得された株式は共有財産と見なされます。
1-3. 特有財産として分与対象外となる株式
一方で、以下のような株式は各配偶者の「特有財産」として、原則的に財産分与の対象外となります:
婚姻前から保有していた株式 結婚前から一方が保有していた株式は、その人の特有財産です。ただし、婚姻中に株価が上昇した分についても特有財産として扱われるのが一般的です。
相続により取得した株式 婚姻中であっても、相続により取得した株式は相続人の特有財産となります。被相続人が保有していた上場株式や、家族経営会社の株式などが該当します。
贈与により取得した株式 婚姻中に第三者から贈与を受けて取得した株式も、受贈者の特有財産となります。親族からの生前贈与による株式移転などが典型例です。
1-4. 判断が困難なケース
実際の離婚事案では、株式の取得経緯が複雑で、共有財産か特有財産かの判断が困難な場合があります:
婚姻前の株式を婚姻中に売買した場合 婚姻前から保有していた株式を婚姻中に売却し、その代金で別の株式を購入した場合、新たに購入した株式の性質について争いが生じることがあります。
株式分割や株式併合があった場合 特有財産である株式について株式分割が行われ、保有株数が増加した場合の取り扱いも問題となります。
配当金で株式を購入した場合 特有財産である株式から得られた配当金を原資として新たに株式を購入した場合の性質判定も複雑です。
これらのケースでは、取得の経緯や原資の出所を詳細に調査し、個別に判断する必要があります。
2. 株式の評価時点
2-1. 評価時点の重要性
株式は価格変動が激しい資産であるため、いつの時点の価格で評価するかによって、財産分与の結果が大きく変わります。たとえば、協議開始時には高値であった株式が、協議成立時には大幅に下落している場合もあれば、その逆の場合もあります。
評価時点の設定は、当事者間の公平性を保つ上で極めて重要な要素となります。
2-2. 原則:離婚時(協議・調停成立時)の時価評価
判例上、財産分与における株式の評価時点は、原則として「離婚時点」とされています。より具体的には:
協議離婚の場合 離婚届が提出され、離婚が成立した時点の株価で評価します。
調停離婚の場合 調停が成立した時点の株価で評価します。
審判・判決離婚の場合 審判確定時または判決確定時の株価で評価します。
この原則の根拠は、財産分与が離婚時における夫婦の財産状況を基準として行われるべきという考え方にあります。
2-3. 例外:別居時点を基準とする場合
ただし、実務上は別居時点を評価基準とする判例も少なくありません。これは以下のような理由によります:
財産形成への協力関係の終了 別居により夫婦の協力関係が実質的に終了し、それ以降の財産変動は各人の単独の行為によるものと考えられるためです。
長期間の別居がある場合 別居から離婚成立まで数年間経過している場合、別居後の株価変動を一方に帰属させるのは不公平という考え方です。
意図的な株価操作の防止 離婚協議中に一方が意図的に株式を売買することで、財産分与を有利に導こうとする行為を防ぐ効果もあります。
2-4. 上場株式の評価方法
上場株式の場合、評価は比較的簡単です:
証券会社の口座明細による確認 最も確実な方法は、証券会社から発行される残高証明書や取引残高報告書を利用することです。
終値ベースでの評価 通常は取引所における終値(清算値段)を基準とします。
複数日平均の採用 株価の日々変動を考慮し、評価日前後数日間の平均株価を用いる場合もあります。
2-5. 非上場株式の評価方法
非上場株式の評価は複雑で、専門的知識が必要となります:
純資産方式 会社の純資産額を発行済株式数で割って1株当たりの価値を算出する方法です。
DCF法(割引現在価値法) 将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出する方法です。
類似会社比較法 類似した上場会社の株価を基準として評価する方法です。
簿価純資産方式 帳簿上の純資産額をベースとする簡易的な評価方法です。
非上場株式の評価には、公認会計士や税理士などの専門家による鑑定が必要となることが多く、評価費用も考慮する必要があります。
2-6. 評価における実務上の注意点
流動性の考慮 上場株式であっても、発行済株式数が少ない銘柄や取引量が少ない銘柄については、理論株価と実際の換金可能性に乖離がある場合があります。
大株主としての地位 非上場株式で議決権の過半数を握っている場合など、単なる投資としての株式ではなく、経営権としての価値を持つ場合の評価は特に慎重に行う必要があります。
税務上の簿価と時価の差異 相続税評価額や固定資産税評価額など、税務上の評価額と実際の時価には大きな差がある場合があり、適切な評価方法の選択が重要です。
3. 株式の分割方法
3-1. 株式分割の特殊性
株式は他の財産と異なり、以下のような特徴があるため、分割方法の選択が重要となります:
- 価格変動が激しい
- 1株未満での分割が原則不可能
- 議決権など株主としての権利が付随する
- 換金に一定の手続きと時間を要する場合がある
これらの特徴を踏まえ、実務上は以下の3つの分割方法が用いられます。
3-2. ①現物分割
現物分割の概要 株式をそのまま夫婦で分け合う方法です。たとえば、1000株を保有している場合、500株ずつに分割するような方法です。
現物分割の手続き 上場株式の場合:
- 証券会社を通じて株式の移管手続きを行います
- 移管先の証券口座を開設する必要があります
- 移管手数料が発生する場合があります
非上場株式の場合:
- 株主名簿の書き換えが必要です
- 会社の承認が必要な場合があります(譲渡制限株式の場合)
- 定款による制約がある場合があります
現物分割のメリット
- 両当事者が株式を保有し続けることができる
- 将来的な株価上昇の恩恵を両者が受けられる
- 売却コストがかからない
現物分割のデメリット
- 1株未満の端数の処理が困難
- 分割後も価格変動リスクが続く
- 非上場株式の場合、複雑な手続きが必要
3-3. ②代償分割
代償分割の概要 株式を一方が取得し、その代償として他の財産や金銭を相手方に支払う方法です。実務上最も多く用いられる方法です。
代償分割の具体例
- 夫が株式(評価額1000万円)を取得し、妻に現金500万円を支払う
- 妻が株式を取得し、夫に不動産の持分を移転する
- 株式取得者が、他の借金を単独で負担する
代償分割のメリット
- 株式を1株未満に分割する必要がない
- 複雑な名義変更手続きを避けられる
- 一方は確実に金銭等を取得できる
代償分割のデメリット
- 代償財産を用意する必要がある
- 株式を取得した側が将来の価格変動リスクを単独で負う
- 代償額の算定で争いが生じる可能性
3-4. ③売却して金銭分割
売却分割の概要 株式を売却して現金化し、その売却代金を分け合う方法です。
売却分割の手続き
- 株式の売却時期と方法について合意
- 売却代金から諸費用を差し引いた金額を分割
- 売却に伴う税務処理の確認
売却分割のメリット
- 最も公平で分かりやすい分割方法
- 価格変動リスクを排除できる
- 現金で受け取れるため、生活資金として活用しやすい
売却分割のデメリット
- 売却手数料や税金が発生
- 株式を手放すため、将来的な値上がり益を享受できない
- 売却タイミングによっては不利な価格での売却となる可能性
3-5. 分割方法の選択基準
株式の流動性 上場株式で流動性が高い場合は、現物分割や売却分割が選択しやすくなります。
当事者の意向 株式を保有し続けたい意向があるかどうかが重要な判断要素となります。
他の財産との兼ね合い 代償分割を行う場合、代償として提供できる他の財産があるかどうかが前提となります。
税務上の影響 売却により譲渡所得税が発生する場合、その税負担も考慮する必要があります。
株式の性質 議決権の重要性や会社との関係性(従業員持株会など)も分割方法の選択に影響します。
4. 株式の種類別ポイント
4-1. 上場株式
評価の容易性 上場株式は市場で日々取引されているため、評価は比較的容易です。証券取引所の公表する株価情報や、証券会社の口座残高証明書により、確実な評価が可能です。
換金性の高さ 市場での売買が可能なため、必要に応じて現金化することができます。ただし、大量保有の場合は市場への影響を考慮する必要があります。
上場株式の実務的取扱い
- 証券口座の残高証明書の提出が一般的
- 評価日における終値を基準とする
- 配当金の取り扱いについても要確認
- 株主優待権の価値についても考慮が必要な場合がある
NISA口座での保有株式 NISA口座で保有されている上場株式についても、財産分与の対象となります。ただし、NISA口座の名義変更は制度上できないため、実際の分割には工夫が必要です。
4-2. 非上場株式(未公開株式)
評価の困難性 市場価格が存在しないため、適切な評価方法の選択が重要となります。会社の財務状況、業界動向、将来性などを総合的に判断する必要があります。
専門家による鑑定の必要性 公認会計士や税理士による株価鑑定が必要となることが多く、鑑定費用も相当額となる場合があります。
譲渡制限の問題 多くの非上場株式には譲渡制限が付されており、第三者への譲渡には会社の承認が必要となります。財産分与における株式移転についても、この制限の影響を受ける可能性があります。
4-3. 会社オーナー株(支配株主の株式)
議決権としての価値 単なる投資対象ではなく、会社の経営権として価値を持つ株式です。議決権の過半数を握っている場合、その価値は純粋な資産価値を上回る場合があります。
経営への影響 株式分割により経営権が分散する可能性があるため、事業継続の観点からも慎重な検討が必要です。
代償分割の選択 経営権の分散を避けるため、実務上は代償分割が選択されることが多くなります。
事業承継との関連 将来的な事業承継計画との整合性も考慮する必要があります。
4-4. ストックオプション
権利行使前の取扱い まだ権利行使されていないストックオプションについても、一定の条件下で財産分与の対象となる場合があります。
評価方法 権利行使価格と現在株価の差額、権利行使期間、権利行使の確実性などを考慮して評価します。
権利の譲渡性 ストックオプションは通常、本人以外行使できないため、現物分割は困難で、代償分割が選択されることが多くなります。
4-5. 投資信託・ETF
投資信託の特徴 複数の株式等に分散投資する金融商品で、基準価額により日々評価されます。
分割方法 口数による現物分割が比較的容易ですが、1口未満の端数処理や換金手数料の問題があります。
税務上の取扱い 株式と同様に譲渡所得の対象となるため、売却時の税務影響を考慮する必要があります。
5. 株式分与における注意点
5-1. 税務上の影響
譲渡所得税の発生 財産分与により株式を譲渡する場合、譲渡所得税が発生する可能性があります。
課税されるケース
- 財産分与により株式の名義を変更した場合
- 代償として株式を譲渡した場合
- 株式を売却して分割した場合
税額の計算 譲渡所得 = 譲渡価額 – 取得費 – 譲渡費用 所得税率は分離課税で20.315%(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)
取得費の算定 特に問題となるのが取得費の算定です。相続や贈与により取得した株式の場合、取得費の算定が複雑になる場合があります。
5-2. 財産分与請求の期限
2年間の除斥期間 民法第768条第2項により、財産分与の請求は離婚から2年以内に行う必要があります。この期間を経過すると、原則として財産分与を請求することができなくなります。
起算点の考え方
- 協議離婚:離婚届受理日
- 調停離婚:調停成立日
- 審判離婚:審判確定日
- 判決離婚:判決確定日
除斥期間の性質 除斥期間は時効とは異なり、援用を要しません。期間経過により自動的に権利が消滅します。
5-3. 合意書・公正証書での明記事項
株式を財産分与の対象とする場合、後日のトラブルを避けるため、以下の事項を明確に合意書や公正証書に記載することが重要です。
株式の特定
- 銘柄名(会社名)
- 株式数
- 証券コード(上場株式の場合)
- 証券会社名・支店名・口座番号
評価時点と方法
- 評価基準日の明確化
- 評価方法(終値、平均株価等)
- 非上場株式の場合の評価方法
分割方法
- 現物分割、代償分割、売却分割のいずれかを明記
- 代償分割の場合の代償額・支払方法・支払期限
- 売却分割の場合の売却時期・方法
諸費用の負担
- 名義変更手数料
- 売却手数料
- 税金の負担割合
- 専門家の鑑定費用
その他の条項
- 配当金の帰属
- 株主優待の取扱い
- 株式分割・株式併合があった場合の取扱い
5-4. 隠匿財産への対応
財産の開示義務 財産分与を適切に行うためには、当事者間で保有財産を誠実に開示する必要があります。
株式隠匿の発見方法
- 郵便物の確認(証券会社からの書類)
- 給与明細の確認(持株会の拠出)
- 確定申告書の確認(配当所得・譲渡所得)
- 預金通帳の確認(証券会社への送金履歴)
隠匿が発覚した場合 財産隠匿が発覚した場合、悪意のある当事者の分与割合を減額する判決例もあります。
5-5. 外国株式の取扱い
評価の困難性 外国の証券取引所に上場している株式については、為替レートや現地の税制なども考慮した評価が必要となります。
税務上の複雑性 外国税額控除や源泉徴収税の取扱いなど、税務処理が複雑になります。
換金の制約 国によっては外国人の株式保有に制限があったり、送金規制があったりする場合があります。
5-6. 株式分与と子どもの利益
養育費への影響 株式を分与した結果、養育費の算定基準となる収入に変動が生じる可能性があります。
教育資金としての活用 株式を子どもの教育資金として活用する場合の取決めも重要です。
相続への影響 将来の相続時に株式がどのように取り扱われるかについても考慮が必要です。
6. まとめ
離婚における株式の財産分与は、株式の特殊性により多くの注意点があります。適切な処理を行うためには、以下のポイントを押さえることが重要です。
6-1. 分与対象の判定
株式が財産分与の対象となるかどうかは、取得時期と原資によって決まります。婚姻中に夫婦の協力により取得された株式は共有財産として分与対象となり、婚姻前から保有していた株式や相続・贈与により取得した株式は特有財産として原則対象外となります。
6-2. 評価時点の重要性
株式の評価時点は原則として「離婚時点の時価」ですが、別居期間が長期にわたる場合などは「別居時点」を基準とする場合もあります。上場株式は証券会社の残高証明書等により比較的容易に評価できますが、非上場株式については専門家による鑑定が必要となることが多くあります。
6-3. 分割方法の選択
株式の分割方法には「現物分割」「代償分割」「売却分割」の3つがあります。実務上は代償分割が選択されることが多く、これは1株未満の分割が困難なことや、複雑な手続きを避けるためです。どの方法を選択するかは、株式の種類、流動性、当事者の意向、他の財産の状況などを総合的に考慮して決定する必要があります。
6-4. 種類別の対応
上場株式は評価が容易で換金性も高いため、比較的処理しやすい資産です。一方、非上場株式、特に会社オーナー株については、評価の困難性、議決権の問題、譲渡制限など、多くの課題があります。ストックオプションや投資信託についても、それぞれ特有の問題があります。
6-5. 税務・法的注意点
財産分与による株式の移転には譲渡所得税が発生する可能性があります。また、財産分与の請求期限は離婚から2年以内という制限があります。これらの点を踏まえ、適切な時期に適切な方法で分与手続きを行うことが重要です。
6-6. 実務的対応
株式を財産分与の対象とする場合は、評価時点・評価方法・分割方法・税務処理などについて、詳細に合意書や公正証書に明記することが不可欠です。特に非上場株式については、専門家の助言を得ながら進めることを強く推奨します。
離婚における株式の財産分与は、専門性が高く複雑な問題を含んでいます。当事者だけで解決しようとせず、弁護士、税理士、公認会計士などの専門家に相談しながら、適切な手続きを進めることが、公平で円滑な解決につながります。株式の価値を正しく評価し、適切な方法で分割することにより、双方にとって納得のいく財産分与を実現することができるでしょう。

佐々木 裕介(弁護士・行政書士)
「失敗しない子連れ離婚」をテーマに各種メディア、SNS等で発信している現役弁護士。離婚の相談件数は年間200件超。協議離婚や調停離婚、養育費回収など、離婚に関する総合的な法律サービスを提供するチャイルドサポート法律事務所・行政書士事務所を運営。