離婚を検討する際、多くの夫婦が直面する複雑な問題のひとつが「借金がある場合の財産分与」です。住宅ローンや生活費の借入れなど、婚姻期間中に作った借金がある場合、それらは離婚時にどのように取り扱われるのでしょうか。
本記事では、借金がある場合の財産分与について、法的な基準から実務上の手続きまで、具体例を交えながら詳しく解説します。「借金も分けるの?」「住宅ローンはどうなる?」といった疑問をお持ちの方は、ぜひ最後までお読みください。
1. 借金も財産分与の対象になる?基本的な考え方
財産分与とは何か
財産分与とは、離婚時に夫婦が婚姻期間中に築いた財産を公平に分ける制度です。一般的には預金や不動産などのプラスの財産(資産)をイメージしがちですが、実は借金などのマイナスの財産(負債)も財産分与の対象となります。
借金が財産分与の対象となる理由
民法第768条に規定されている財産分与は、「夫婦が協力して築いた財産の清算」という性質を持っています。この「財産」には、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産(負債)も含まれるというのが裁判所の一般的な解釈です。
つまり、婚姻中に夫婦の共同生活や財産形成のために負った借金は、夫婦の「共有負債」として考慮され、財産分与の際に考慮される対象となります。
共有負債の考え方
共有負債とは、夫婦が協力して営む共同生活において発生した負債のことを指します。この概念は、以下の要素によって判断されます:
- 目的の共通性:借金の目的が夫婦共同の利益に資するものか
- 使用の実態:実際に夫婦の生活に使われたか
- 形成への協力:夫婦が協力して負債を形成したか
これらの要素を総合的に判断して、その借金が「夫婦の共同生活に関連するもの」と認められれば、財産分与の対象となる可能性が高くなります。
財産分与における清算的財産分与
財産分与には主に3つの性質がありますが、借金の取り扱いで特に重要なのが「清算的財産分与」です。これは、夫婦が協力して築いた財産を公平に清算するというもので、プラスの財産からマイナスの財産(負債)を差し引いた純資産を分与の対象とします。
例えば、夫婦の資産が3,000万円、負債が1,500万円の場合、純資産1,500万円を原則として2分の1ずつ(各750万円)に分けることになります。
2. 借金が財産分与の対象になるケース
① 生活費や子育て費用の借金
夫婦の日常生活や子育てのために負った借金は、明確に財産分与の対象となります。
具体例
- 生活費の不足を補うためのカードローン
- 子どもの教育費(塾代、学費など)のための借入れ
- 医療費の支払いのための借金
- 家具・家電購入のためのショッピングローン
これらの借金は、夫婦の共同生活を維持するために必要不可欠なものであり、どちらか一方の名義で借り入れたとしても、実質的には夫婦共同の負債と考えられます。
判断基準の詳細
生活費関連の借金が共有負債と認められるための要件は以下の通りです:
- 必要性:夫婦の生活維持に必要不可欠だったか
- 合理性:借入額や借入時期が合理的だったか
- 共同利用:実際に夫婦や家族が利用したか
- 知識・同意:配偶者が借金の存在を知っていたか、または同意していたか
これらの要件を満たす借金は、名義人にかかわらず夫婦の共有負債として財産分与の対象となります。
② 住宅ローン
住宅ローンは、借金を含む財産分与の中でも最も複雑で重要なケースです。
基本的な考え方
住宅ローンの取り扱いは、以下の原則に基づきます:
- 住宅の価値評価:現在の時価を不動産鑑定等で算定
- ローン残高の確認:金融機関から残高証明書を取得
- オーバーローン(債務超過)の判定:住宅価値 < ローン残高の状態かどうか
パターン別の処理方法
パターンA:住宅価値 > ローン残高(アンダーローン)
住宅価値:3,000万円、ローン残高:2,000万円の場合 → 実質的な住宅の価値:1,000万円 → この1,000万円を財産分与の対象とする
パターンB:住宅価値 < ローン残高(オーバーローン)
住宅価値:2,000万円、ローン残高:2,500万円の場合 → 実質的な債務:500万円 → この500万円を負債として財産分与で考慮
住宅ローンの実務的処理
- 売却して清算:住宅を売却し、売却代金でローンを返済、残金を分与
- 一方が住み続ける:住み続ける配偶者がローンを引き継ぎ、相手方に代償金を支払う
- 連帯保証の解除:金融機関と交渉し、離婚後の連帯保証関係を整理
③ 事業資金の借金(家計に貢献した場合)
個人事業主や会社経営者の配偶者がいる場合、事業資金の借金の取り扱いは慎重な判断が必要です。
共有負債となるケース
- 家計への貢献:事業収入が明確に家計に組み込まれている
- 配偶者の協力:配偶者が事業に直接的または間接的に協力している
- 生活の一体性:事業と家計が実質的に一体となっている
具体例
- 飲食店経営のための設備資金借入れ(配偶者も店舗で働いている)
- 個人事業の運転資金(事業収入で家計を賄っている)
- 事業拡大のための借入れ(配偶者が連帯保証人になっている)
判断が難しいケース
事業資金借入れについては、以下の点で判断が分かれることがあります:
- 事業の独立性:事業が家計から独立しているか
- リスクの共有:事業リスクを夫婦で共有していたか
- 利益の享受:事業の利益を夫婦で享受していたか
これらの要素を総合的に判断し、事業資金借入れが夫婦共同の利益に資するものかどうかが決定されます。
④ 自動車ローン・家電ローンなどの生活関連借入れ
日常生活に必要な物品の購入のための借入れも、原則として共有負債となります。
対象となる借入れの例
- 家族用自動車のローン
- 生活家電(洗濯機、冷蔵庫等)の分割払い
- 家族旅行のための借入れ
- 子どもの学習机など教育関連用品の分割払い
注意すべきポイント
ただし、以下のような場合は個人負債とされる可能性があります:
- 明らかに高額で家計に不相応な物品
- 配偶者の反対を押し切っての購入
- 個人的な趣味・嗜好に偏った物品
3. 借金が財産分与の対象外となるケース
① ギャンブル・浪費による借金
ギャンブルや浪費による借金は、原則として個人の負債とされ、財産分与の対象外となります。
対象外となる理由
- 夫婦共同利益への非貢献:ギャンブルは夫婦の共同生活に何ら貢献しない
- 一方的な行為:配偶者の同意なく、一方的に行われる行為
- 家計への悪影響:むしろ家計に悪影響を与える行為
具体的な例
- パチンコ・競馬等のギャンブルのための借金
- キャバクラ・ホストクラブでの遊興費
- 過度な買い物(ブランド品の大量購入等)
- 投機的な株式投資やFXによる損失
判断の境界線
ただし、以下のような場合は判断が微妙になることがあります:
- 投資と投機の境界:資産運用目的の投資か、単なる投機か
- 金額の合理性:家計に対して合理的な範囲内か
- 配偶者の認知・同意:配偶者がその行為を知っていたか
② 個人的な遊興費や趣味の借金
個人の趣味や遊興のための借金も、原則として財産分与の対象外です。
対象外となる借金の例
- 個人的な趣味(ゴルフ用品、楽器等)のための借金
- 個人的な旅行費用
- 友人との飲食費
- 個人的な習い事の費用
夫婦共同の趣味との区別
ただし、夫婦が共同で楽しんでいる趣味や、家族全体の利益になる趣味については、共有負債として認められる場合があります:
- 家族でのキャンプ用品購入
- 夫婦共通の趣味(ダンス、音楽等)
- 子どもの情操教育に資する活動
③ 婚姻前からの借金
結婚前から存在していた借金は、原則として個人の負債であり、財産分与の対象外です。
基本原則
財産分与は「婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産」を対象とするため、婚姻前の負債は対象外となります。
例外的なケース
ただし、以下のような場合は共有負債として扱われることがあります:
- 婚姻後の返済:婚姻後に夫婦の共同財産から返済している
- 利益の享受:借金で購入した物を夫婦で利用している
- 明示的な合意:夫婦間で共同負担することを明示的に合意している
具体例
- 結婚前に購入した自動車のローンを、結婚後に家計から返済
- 結婚前の教育ローンを、結婚後に配偶者も返済に協力
- 結婚前の住宅ローンがある家に夫婦で居住
④ 配偶者に隠していた借金
配偶者に隠していた借金(隠れ借金)の取り扱いは、その性質によって判断されます。
隠れ借金の類型
- 生活費の隠れ借金:生活費不足を補うため、配偶者に内緒で借入れ
- ギャンブル等の隠れ借金:ギャンブルや浪費のため、配偶者に隠して借入れ
- 事業資金の隠れ借金:事業資金として、配偶者に内緒で借入れ
判断基準
隠れ借金が共有負債となるかは、以下の基準で判断されます:
- 借入れの目的:夫婦の共同利益に資するものか
- 使途の実態:実際に何に使われたか
- 秘匿の理由:なぜ隠したのか
- 配偶者への影響:配偶者や家計にどのような影響を与えたか
実務上の扱い
実務上、隠れ借金については以下のような扱いがなされます:
- 目的が正当(生活費等)→ 共有負債の可能性
- 目的が不当(ギャンブル等)→ 個人負債
- 証拠の有無→ 借入れの実態を証明できるか
4. 借金を含めた財産分与の計算方法
基本的な計算式
借金がある場合の財産分与は、以下の計算式で算出されます:
純資産 = 総資産 – 総負債 各配偶者の取得額 = 純資産 × 分与割合(原則2分の1)
具体的な計算例
ケースA:プラスの純資産がある場合
夫婦の財産状況:
- 現金・預金:800万円
- 不動産(時価):2,500万円
- 株式:300万円
- 自動車:200万円
- 総資産:3,800万円
負債:
- 住宅ローン:1,800万円
- 自動車ローン:150万円
- 生活費カードローン:50万円
- 総負債:2,000万円
純資産:3,800万円 – 2,000万円 = 1,800万円 各配偶者の取得額:1,800万円 × 1/2 = 900万円
ケースB:債務超過(純負債)の場合
夫婦の財産状況:
- 現金・預金:200万円
- 不動産(時価):1,500万円
- 総資産:1,700万円
負債:
- 住宅ローン:2,200万円
- 生活費借入れ:300万円
- 総負債:2,500万円
純負債:1,700万円 – 2,500万円 = -800万円
この場合、分与すべきプラスの財産がないため、原則として財産分与は行われません。ただし、負債の返済義務については別途協議が必要です。
分与割合の決定要因
財産分与の割合は原則として2分の1ずつですが、以下のような事情がある場合は割合が調整されることがあります:
分与割合が調整される要因
- 財産形成への貢献度
- 専業主婦(主夫)vs 共働き
- 事業の経営・管理への関与度
- 負債形成への責任
- ギャンブル等による負債の存在
- 隠れ借金の発覚
- 将来の収入能力
- 年収の格差
- 再就職の可能性
- 子どもの監護
- 親権者の決定
- 子どもの生活費負担
実際の調整例
- 夫のギャンブル借金500万円が発覚した場合 → 妻の分与割合を6:4で増加
- 妻が専業主婦で再就職困難な場合 → 妻の分与割合を6:4で増加
財産の評価方法
不動産の評価
- 不動産鑑定評価:最も精確だが費用が高い
- 固定資産税評価額:実勢価格より低めの傾向
- 路線価:相続税評価額、実勢価格の8割程度
- 近隣売買事例:類似物件の売買実例を参考
株式・投資信託の評価
- 上場株式:基準日の終値
- 投資信託:基準日の基準価額
- 非上場株式:専門家による評価が必要
動産の評価
- 自動車:中古車査定額
- 家具・家電:減価償却後の価値(通常は大幅な価値下落)
- 貴金属・美術品:専門業者による査定
5. 借金分担の実務上の処理
① 住宅ローン付き不動産の処理
住宅ローンが残っている不動産は、離婚時の財産分与で最も複雑な処理が必要な資産です。
パターンA:不動産を売却する場合
手続きの流れ
- 不動産の時価査定(複数の不動産会社で査定)
- ローン残高の確認(金融機関から残高証明書取得)
- 売却価格の決定(査定価格を参考に売出価格設定)
- 売買契約の締結
- 決済・所有権移転
- ローンの完済・抵当権抹消
- 残金の分与
具体例
- 不動産売却価格:3,000万円
- ローン残高:2,200万円
- 諸費用(仲介手数料等):150万円
- 残金:650万円 → 夫婦で325万円ずつ分与
パターンB:一方が住み続ける場合
どちらか一方が住み続ける場合の処理方法:
方法1:ローンを引き継ぐ配偶者が代償金を支払う
- 住宅の時価:2,800万円
- ローン残高:1,800万円
- 実質価値:1,000万円
- 住み続ける配偶者が相手方に500万円の代償金を支払い
方法2:ローンを夫婦で分担
- ローンの返済を離婚後も夫婦で分担
- ただし、金融機関の同意が必要
- 実際にはほとんど認められない
方法3:親族間売買
- 一方が他方から住宅を買い取る
- 新たなローンを組み直す
- 金融機関の審査に通過することが条件
連帯保証・連帯債務の処理
住宅ローンでは配偶者が連帯保証人や連帯債務者になっているケースが多く、この関係の整理が重要です:
- 連帯保証の解除:金融機関と交渉し、離婚を機に連帯保証を解除
- 代替保証の提供:不動産以外の担保や別の連帯保証人を用意
- ローンの借り換え:単独名義でローンを組み直し
② 名義の問題と債権者との関係
借金の名義人(債務者)は、離婚しても金融機関等の債権者に対する返済義務を免れることはできません。
債権者対抗要件
夫婦間で「夫の借金は夫が返済する」と合意しても、金融機関に対してはその合意は対抗できません。つまり、妻が連帯保証人になっている場合、夫が返済を怠れば妻に請求が来る可能性があります。
対処方法
- 事前の債権者との交渉
- 離婚協議と並行して金融機関と交渉
- 連帯保証の解除や債務者の変更を依頼
- 公正証書での担保
- 夫婦間の合意を公正証書で作成
- 強制執行認諾文言を付与
- 定期的な履行確認
- 相手方の返済状況を定期的に確認
- 返済が滞った場合の対処方法を事前に決定
③ クレジットカード・消費者金融の処理
クレジットカードや消費者金融の借入れは、比較的処理が簡単ですが、注意点もあります。
基本的な処理方法
- 残高の確認:各社から残高証明書を取得
- 利用履歴の精査:何に使ったかを確認
- 共有負債か個人負債かの判定
- 返済方法の決定
家族カードの処理
家族カードがある場合:
- 本会員の責任で利用分を整理
- 家族会員カードは即座に解約
- 利用分は使途に応じて判定
リボ払い・分割払いの取り扱い
- 購入した商品の現在価値と残債を比較
- 必要な生活用品は共有負債として処理
- 不要な物品の分割払いは個人負債の可能性
6. 借金分与で注意すべきポイント
① 債務名義人の返済義務は続く
離婚時の最大の注意点は、夫婦間でどのように借金の分担を決めても、債権者(金融機関等)に対する返済義務は変わらないことです。
具体的なリスク
夫名義の借金を「妻が返済する」と離婚協議書で定めても:
- 妻が返済を怠った場合、金融機関は夫に請求
- 夫の信用情報に延滞記録が残る
- 最悪の場合、夫が代位弁済を求められる
対策方法
- 金融機関との事前協議
- 離婚前に金融機関と返済方法を相談
- 可能であれば債務者名義の変更
- 十分な担保の設定
- 公正証書での合意
- 不動産等の担保設定
- 保証人の追加
- 定期的な履行監視
- 相手方の返済状況を定期確認
- 延滞が発生した場合の速やかな対処
② 離婚協議書・公正証書の重要性
借金を含む財産分与については、必ず書面で合意内容を明確にしておくことが重要です。
離婚協議書に記載すべき事項
- 借金の特定
- 債権者名
- 借入残高
- 毎月の返済額
- 返済期限
- 分担方法
- どちらが返済するか
- 分担する場合の割合
- 返済方法
- 履行確保の方法
- 返済状況の報告義務
- 延滞時の対処方法
- 代位弁済時の求償方法
公正証書作成のメリット
- 強制執行が可能
- 相手方が合意を守らない場合、直ちに強制執行
- 裁判を経ずに給与差押え等が可能
- 証明力が高い
- 公証人が作成するため、合意内容の証明力が高い
- 後日の争いを防止
- 心理的プレッシャー
- 相手方にとって強制執行のプレッシャーがあり、履行を促進
③ 相手が返済を怠った場合の対処
夫婦間で合意した借金分担について、相手方が返済を怠った場合の対処方法を事前に検討しておくことが重要です。
事前の対策
- 保証人の設定
- 相手方の親族等に保証人になってもらう
- 相手方の親族から担保提供を受ける
- 担保の設定
- 不動産への抵当権設定
- 預金への質権設定
- 動産への所有権留保
- 定期報告の義務付け
- 毎月の返済状況の報告義務
- 返済証明書の提出義務
返済が滞った場合の対処
- 即座の対応
- 相手方への督促
- 返済計画の見直し協議
- 必要に応じて保証人への連絡
- 法的手続き
- 公正証書に基づく強制執行
- 給与差押え
- 不動産の競売申立て
- 代位弁済後の求償
- やむを得ず代位弁済した場合の求償権行使
- 不当利得返還請求
④ 時効の問題
借金分担の合意についても、時効の問題があります。
求償権の時効
一方が代位弁済した場合の相手方への求償権は:
- 商事債権:5年で時効
- 一般債権:10年で時効(2020年改正後は5年)
時効の中断
時効を中断するための方法:
- 相手方による債務の承認
- 請求(内容証明郵便等)
- 裁判上の請求(調停、訴訟等)
⑤ 税務上の注意点
借金を含む財産分与については、税務上も注意が必要です。
贈与税の問題
過大な財産分与は贈与税の対象となる可能性:
- 分与額が婚姻期間等に照らして過大
- 税務署から贈与と認定される可能性
所得税の問題
不動産の財産分与では所得税が発生する場合:
- 分与者:譲渡所得税が発生する可能性
- 受贈者:原則として所得税は非課税
相談の重要性
税務上の処理については、税理士への相談を推奨:
- 分与方法の最適化
- 必要な手続きの確認
- 申告書の作成支援
7. まとめ
借金を含む財産分与の基本原則
離婚時の財産分与において、借金の取り扱いについて重要なポイントをまとめると以下の通りです:
基本的な考え方
- 借金も財産分与の対象:プラスの財産だけでなく、マイナスの財産(負債)も分与対象
- 共有負債の判定:夫婦の共同生活に関連する借金かどうかが重要な判断基準
- 純資産での計算:「総資産-総負債」で算出した純資産を分与対象とする
- 名義人の責任継続:夫婦間の合意に関わらず、債権者に対する返済義務は継続
共有負債となる借金の特徴
対象となる借金
- 生活費や子育て費用のための借入れ
- 住宅ローン(夫婦共同利用の住宅)
- 家計に貢献する事業資金
- 生活必需品(自動車、家電等)のローン
対象外となる借金
- ギャンブル・浪費による借金
- 個人的な趣味や遊興費
- 婚姻前からの個人借金
- 配偶者に隠していた不当な借金
実務上の重要ポイント
住宅ローンの処理 住宅ローンについては、以下の方法で処理することが重要です:
- 売却による清算:最もシンプルで確実な方法
- 一方の継続居住:代償金の支払いと連帯保証の整理が必要
- 連帯保証関係の解消:金融機関との協議により関係を整理
債権者との関係 夫婦間の合意だけでは債権者に対抗できないため:
- 事前の金融機関との協議
- 公正証書による合意の明文化
- 定期的な履行状況の確認
税務上の配慮 財産分与には税務上の問題も発生する可能性があります:
- 過大な分与による贈与税
- 不動産分与による譲渡所得税
- 専門家(税理士)への相談の重要性
実践的なアドバイス
離婚前の準備
- 借金の全容把握
- 夫婦それぞれの借金リストを作成
- 残高証明書等の客観的資料を収集
- 借入理由と使途を明確化
- 資産の評価
- 不動産の時価評価(複数業者で査定)
- 預金、株式等の残高確認
- 保険解約返戻金等の確認
- 専門家への相談
- 弁護士:法的な権利義務の整理
- 不動産鑑定士:不動産の適正評価
- 税理士:税務上の問題の確認
協議時の注意点
- 感情的にならない
- 客観的な事実に基づいた協議
- 将来の生活設計を考慮した合理的な判断
- 証拠の保全
- 借入理由を証明する資料の保管
- 家計簿等による使途の証明
- 相手方の浪費を証明する証拠
- 合意内容の明文化
- 曖昧な表現を避ける
- 具体的な数字と期限の明記
- 履行されなかった場合の対処方法も規定
離婚後の注意点
- 履行の監視
- 相手方の返済状況を定期的に確認
- 金融機関からの通知に注意
- 延滞が発生した場合の迅速な対応
- 自分の信用情報管理
- 個人信用情報の定期的な確認
- 身に覚えのない延滞記録がないかチェック
- 必要に応じて異議申立て
- 生活設計の見直し
- 収入と支出のバランス確認
- 将来的な借入れ計画の検討
- 緊急時の資金準備
専門家活用の重要性
借金を含む財産分与は、法律、不動産、税務等の専門知識が必要な複雑な問題です。以下の専門家の活用を検討することをお勧めします。
弁護士
- 財産分与の法的権利の整理
- 離婚協議書・公正証書の作成
- 相手方との交渉代理
- 調停・訴訟手続きの代理
不動産鑑定士・不動産業者
- 不動産の適正価格評価
- 売却時の価格査定
- 市場動向の情報提供
税理士
- 財産分与に伴う税務問題の整理
- 最適な分与方法の提案
- 確定申告書の作成支援
ファイナンシャルプランナー
- 離婚後の生活設計
- 保険の見直し
- 将来的な資金計画
具体的な手続きの流れ
Step1:現状把握(1-2ヶ月)
- 夫婦の全財産・負債のリストアップ
- 各種証明書・評価書の取得
- 専門家への相談・見積もり取得
Step2:方針決定(1ヶ月)
- 財産分与の基本方針決定
- 住宅ローン等の処理方法検討
- 税務上の影響の確認
Step3:協議・合意(1-3ヶ月)
- 相手方との協議開始
- 合意内容の段階的確定
- 離婚協議書の作成
Step4:手続き実行(1-6ヶ月)
- 公正証書の作成
- 不動産の売却・名義変更
- 金融機関との手続き
Step5:事後管理(継続)
- 履行状況の定期確認
- 必要に応じた法的手続き
- 生活設計の見直し
最後に
離婚時の財産分与で借金が含まれる場合、単純に「借金も半分ずつ」というわけではありません。その借金が夫婦の共同生活にどのように関わっていたかという実質的な判断が重要になります。
また、法的な権利義務の整理だけでなく、離婚後の生活設計や子どもの将来も考慮した総合的な判断が求められます。感情的になりがちな離婚協議ですが、客観的な事実と合理的な判断に基づいて、お互いが納得できる解決を目指すことが大切です。
複雑な問題が多いため、早めに専門家に相談し、適切なアドバイスを受けながら進めることをお勧めします。一人で悩まず、法的な権利を適切に行使して、新しい人生のスタートを切ってください。

佐々木 裕介(弁護士・行政書士)
「失敗しない子連れ離婚」をテーマに各種メディア、SNS等で発信している現役弁護士。離婚の相談件数は年間200件超。協議離婚や調停離婚、養育費回収など、離婚に関する総合的な法律サービスを提供するチャイルドサポート法律事務所・行政書士事務所を運営。